2022年12月17日〜18日の二日間、トモノカイでは恒例となってきた探究啓発ウェビナー「冬の探究サミット2022」を開催しました。今回も全国から多くの先生方にご参加いただき、学校現場の探究熱の高まりを感じることができました。
本稿では基調講演であるセッション①『探究モードへの挑戦』の内容についてご紹介します。
VUCA社会における探究モードへの挑戦 ~“複雑性”に向き合い、学習と協働を連動させる生涯探究社会の構築へ(佐藤真久先生)
最初にご登壇頂いたのは東京都市大学教授の佐藤真久先生。SDGsなど複雑な社会課題に向き合ってきた佐藤先生からは、いま求められる探究への向き合い方についてお話しをいただきました。
まず佐藤先生が触れたのは、探究が学校だけに必要とされているわけではないこと。
「我々はとかく様々な取り組みを学習者の視点で捉えがちです。しかし、社会の中には協働しながら社会を変えていこうとする方々もいるわけです。そうした方々も今では“探究モード”が求められてきており、まさに学習と協働の連動性が求められる時代になってきました」
例えば、自治体では少子高齢化に伴う税収減少と問題の複雑化を背景に、従来の住民参加を求めるアプローチから、職員が現場に赴き住民と共に最適解を更新し続ける動きが出てきていること。また、企業においても従来の財務指標中心の活動から、今では財務だけでない資本(知的・製造・人的・社会関係・自然など)を統合し、好循環させることで企業価値を向上させる必要が出てきていると佐藤先生はいいます。
こうしたことから見えてくるのは、学校だけでない社会全体で探究とその“高度化”・“自律化”が求められている、ということです。特に、自治体や企業、そして学校が存在する地域社会においては、こうした様々な立場の人々が様々な目的で活動していることを理解し、多角的なものの捉え方をもって持続可能な社会を目指して探究する必要があると佐藤先生は続けます。そうした他者の目線を持ちながら探究を進める“探究モード”が今の時代では求められていると強調します。
「問題の答えがないかもしれないし、複数あるかもしれない。そんな時代になっているこれからは“問い”が重要になってきます。そして、試行錯誤し失敗から学ぶこと。アイデアを持ち寄り、生かし合う場づくり、こうしたものが重要になってきます」
このように語る佐藤先生は、これからの時代に「学び」の作戦変更が求められると続けます。LearnからUnlearn(学びほぐし)へ。例えば、従来は「知識やスキルの取得が目的」であったため、学びのリソース(資源)が「教師・本」だったのに対し、これからは「知識やスキルを現場で使いこなすのが目的」となり、学びのリソースも「周りの人、現場で起きること」になっていく。探究モードが求められるこれからの時代では、そのような学びの変容も必要になってくるというわけです。
そのような中において探究に取り組むにあたっては、
- 手段としての探究:科学的探究アプローチの活用
- 目的としての探究:探究的運用能力の獲得
- 権利としての探究:探究の内発性、参加と協働の保障
という探究の多義性を自覚していくことが重要だと佐藤先生は訴えます。
「探究をなんのためにやるのか。学校では“手段としての探究”、つまり科学的アプローチの活用という文脈が強いわけですが、探究はそればかりではないことに目を向ける必要があります。内発性を保障し、ワクワクドキドキしながらやれる“権利としての探究”、そして社会に出てからも生涯かけて取り組んでいく“目的としての探究”。こうしたものを自覚していくことが、学びの作戦変更が求められるこれからの時代では重要なのです」
このように解説して、佐藤先生の講演は締められました。
探究が求められてきた経緯とその現状(田村学先生)
続いてご登壇いただいたのは、國學院大學教授の田村学先生。学校現場において、どのように探究という言葉が登場してきたかについて、学習指導要領の変遷から解説を始めていただきました。
「学習指導要領は10年に一度のペースで、社会の変化に応じて改訂が行われてきています。そうした中で“総合的な学習の時間”が平成10年の学習指導要領の改訂で創設されました」
改訂当初は「各学校の特色ある教育活動」という位置づけで広がった総合的な学習の時間は、時代の流れや変化に合わせて必要性や重要性がますます叫ばれ、注目を浴びました。そして、平成29年の改訂により高校では“総合的な探究の時間”と名称が変更され、教育課程全般で“探究”という言葉の重要性が増してきたと、田村先生は説明します。
そもそも、平成10年の総合的な学習の時間が生まれてきた背景として、日本の子どもたちは知識が身についていても、世の中で活用・発揮することができないのではないか、あるいは世の中の大きな変化のなかで活用する力が必要なのではないか、という社会の要請があったと田村先生は振り返ります。
そのようにして始まった「総合的な学習の時間」。実施当初から子どもたちにとっては楽しく、力が身につくことを実感しながら取り組めており好評だった一方で、教師側からは否定的な意見があったことを説明します。その背景には、教科書が無いので指導しにくい、あるいは教科の時間が減ることで学力が低下するのではないか、という懸念があったことを指摘します。
しかし田村先生は、学力低下との関係については断定できないのではないか、ということに触れ、「OECDの生徒の学習到達度調査」(PISA調査)の経年推移のデータを示します。
示されたグラフでは、2003年調査においてグラフの下降が見られ、当該調査対象の生徒は総合的な学習の時間を中学3年生の一年間しか受けていません。一方、2009年には一定程度の懸念が払拭された状況になっていますが、この時の調査対象生徒の履修履歴を見ると、小学3年生からの七年間にわたって履修していることがわかります。
このことだけで、総合的な学習の時間が学力向上に寄与しているとは言い切れないものの、一方で、総合的な学習の時間の履修が学力低下につながるという当初の教師たちが抱いていた懸念も同様に言い切れないのではないか、と田村先生は指摘します。
また、国立教育政策研究所の「学力・学習状況調査」(平成26年)の結果からも、総合的な学習の時間の履修と学力向上に相関が認められると言います。
そのような背景を経てきた総合的な学習の時間の流れを汲む「探究」は、平成29年改訂の学習指導要領においても中核に据えられており、「①課題の設定」「②情報の収集」「③整理・分析」「④まとめ・表現」というプロセスも明示されるなかで、とりわけ重要なこととして「協働的な学び」があると田村先生は強調します。
「真剣な探究のなかには、おそらくこの“協働”が必然的に生まれてくる、もう少し言うならば、この協働があることによって探究がさらにレベルアップしていくということだと思います」
そのように語る田村先生は、広島の学校の事例を紹介しながら、より探究的で協働的な学びが期待されると続けます。
「(紹介している広島の学校では)平和について探究的に学ぶ過程で、いろいろな人と出会い、いろいろなものを調査していくなかで、自分たちの学びをなんとしても人に伝えなければと考え、劇を作ることになりました」
そうした事例の一場面を紹介し、議論の末に生徒の発話の質が上がっていることに触れる田村先生。これは、議論の中でそれぞれが刺激し合い、知のネットワーク化(精緻化)が起こっていると説明します。この事例を踏まえ、これまでの「事実的で個別的な知識」から「概念的で構造的な知識」が求められる時代になっていくだろうと、重ねます。
こうしたネットワーク化した知識は長期記憶として残るということに触れ、ネットワーク化を促すためには知識の活用・発揮が欠かせないと説明します。
こうしたことを踏まえると、探究プロセスのなかで繰り返し、知識の活用・発揮の機会があり、加えて社会とつながったインパクトのあるものになっているということは、長期に知識が残ることを支えるので、これが総合学習による学力向上に寄与しているのではないか、と田村先生は論を展開します。
さらに、探究プロセスの中で社会につながる課題に取り組む過程では、数学や英語など教科横断的で学際的な学びも展開されます。こうしたことを通じて、実践した生徒からは、自身の力がこれまでとは違うものになっていると実感している事例を紹介。実際、大学入試においても探究学習の経験者は未経験者に比べて高い評価を受けているという大阪大学の調査結果を伝える新聞記事も例に挙げながら触れます。
「SDGs、STEAM、地域活性化など、いま社会が向き合っているテーマに探究は欠かせません。このことは探究が未来社会を創造する主体としての自覚を育むものだと言えると思います。さらに、これは探究が学校教育に閉じたものではなく、また日本に限らず地球規模で考えていかなければいけない大規模な問題に通じていくものだと思います」
このように、田村先生は探究に向けられている期待に言及して、講演を締めました。
学びを協働的にしていくために ~質疑応答~
最後の質疑応答では様々な質問が挙がりましたが、ここでは代表的なものを要約してお伝えしたいと思います。
質問:「個別テーマで取り組む個人探究において、学び方においては協働的な姿勢も見られるが内容面で協働していくことの必要性を感じていないようです。こうした場合に、内容面でも協働を推進していくにはどうすれば良いのでしょうか?」
このような質問に対して、まずは佐藤先生から見解が述べられました。
佐藤先生:
「個人探究がベースにはなるが、やはり思考と経験を往還することが重要だと思います。そうした往還の中で複雑性に向き合う際に、この協働的な学びが必要になってくるでしょう。すなわち、協働的な学びをしないと探究が深まっていかない、ということになるのだと思います」
また、田村先生からは実践面からのアドバイスが寄せられました。
田村先生:
「協働があることで、探究の質はどんどん上がっていくと思います。これを学習者自身が実感する場面が出てくれば、協働的な学びの機会も生まれやすくなってくるでしょう。そうした協働的な学びをするためにはお互いの共通項が必要になります。しかし、個人探究の場合は手法については共通項があり得ますが、テーマについてはそうならない可能性もありますよね。これを回避するためには、教師が大テーマ(対象やフィールド)を決めるなどあらかじめカリキュラムデザインをしておくことで、手法だけにとどまらず対象に対しても何らかの共通項を設けやすくなるのではないかと思います。また、個別に学んできた結果をつなぎ合わせることで、協働的に高めていくというアプローチもあるでしょう」
他にも参加者の質問をきっかけに、佐藤先生・田村先生の対談が繰り広げれら、生涯探究社会に向けた探究の高度化・自律化の重要性、そして学校だけでない企業・地域・大学など社会全体が探究モードを目指す必要性が語られました。
非常に学びの深い時間となりましたので、ご興味のある先生方は、ぜひ次の機会に参加していただきたいと思います。
本講演の参考書籍:
『探究モードへの挑戦 高度化・自律化をめざすSDGs時代の人づくり』
執筆:小川史晃(株式会社トモノカイ)