1学年120人の生徒が駅前に立ち、街行く市民の皆さんを相手に探究活動で調査した地域の課題や自らまとめた提言等の成果を発表し、採点してもらう――。そんなユニークな試みが2022年12月9日、東京都多摩市の多摩センター駅前を舞台に行われました。全国初とも思われる市民を巻き込んだ「街なか探究期末テスト」の様子をリポートし、地域の大人たちとの交流から学び育つ、新しい“地域探究学習”の取組みを紹介します。
テーマは地元エリアの課題発見
多摩ニュータウンの南端に位置する多摩大学附属聖ヶ丘中学高等学校は、今年度から高校1年生を対象にした新授業「地域探究学習」に取り組んでいます。今回の駅前での発表は、2学期の「多摩市フィールドワーク~課題発見編~」の学期末定期テストの一環として実施されました。
テスト会場は多摩ニュータウンの中心、多摩センター駅からまっすぐに300メートル伸びる歩行者専用道路「パルテノン大通り」です。通りの両端に生徒たちがポスターセッション形式でブースを設け、通行する人たちに向けて探究の成果を発表する形でテストが行われました。
テーマは、多摩市の地域課題の発見・解決。120人の生徒たちは6人1組で、5つのエリア(市内の3駅、団地・商店街、公園)から1カ所を選択し、その地域の課題と課題解決のために何ができるかを提案します。10月から約2カ月かけてフィールドワークを行い、実際に街を歩いたり地元の人の話を聞いたりするなかから見つけた課題をそれぞれ8枚のスライドにまとめました。
当日は、午後2時からテスト開始。生徒たちは口を揃えて「緊張する」と話していましたが、時間が経つにつれて積極的になっていきます。「発表を見ていきませんか」「良かったら聞いてください」と、見知らぬ人に話しかける姿があちらこちらで見られるようになりました。なかには、通行中の人たちに「テスト開催中」の立て札を持ってアピールする生徒まで現れました。発表を終えた後も、地域が抱える課題について、大人と一緒に議論へと突入する姿もありました。
地域の大人とともに学び成長する
「地域探究学習」を担当する出岡由宇先生は「これこそ今回の試みの成果」と、生徒たちの発表や議論の様子に目を細めます。「人前で積極的に話すなんて考えられなかった生徒でも堂々と発表しています。地域の大人たちの力を借りることで生徒たちが成長しているのを実感しています」
出岡先生は「聞く・話す・考える」という3つの力こそ、「地域探究学習」で育まれるものだと指摘します。「学校の授業だけでは指導が難しいですが、地域の大人と触れ合うことで実体験をもって身につけていくことができます。今回のテストでは、地元や地域の協力を得て高校生が考えたことを街なかで市民向けに発表することで、地域の人たちに自分たちの活動を見てもらい採点してもらおうということと同時に、高校生が教師になって、市民の皆さんも生徒の発表から多摩市のことを知り、学んでもらう機会になります。そうやって学びを地域にも還元したいです」
そもそも「街なかを舞台に期末テストを行う」という今回の試み自体も、生徒たちと地域の大人とのディスカッションの中から生まれました。探究活動を通して生徒たちと交流してきた多摩市職員の西村信哉さんは多摩センター駅前の将来を考える「多摩センターの未来デザイン検討委員会」メンバーでもあります。
西村さんは「地域課題の調査を進める生徒たちとこの街を使ってどんな実践ができるかという会話をするなかで、大人たちと交流する機会に価値を感じていることが分かり、探究学習の期末テストとして元々学校側が想定していた学内でのポスターセッションの話が出て、じゃあ“パルテノン大通り”で街の人に学んだことを披露して対話してみよう。それなら採点も通りがかりの人にしてもらう新しいテストを自分たちでつくろう! と話が進みました」と明かします。同委員会は毎週水曜日に開催されており、そこには地域課題の調査方法の進め方や大人たちが地域の課題や活性化策についてどう考えているかを知るために生徒たちが積極的に訪れていました。
「放課後にもかかわらず、毎週、何人もの生徒が来て話をしていくんです。最初は大人に質問するだけだった生徒たちが、何度か回数を重ねるうちに『こんなものを見てきた』『こういうものを使いたい』とどんどん変化していく。変化量の大きさに驚きました。『まちづくりは人づくり』と言うようにこうした場をまちにつくりたかった」と西村さん。「今回の地域探究学習を通して提案されたもののうちからいくつかでも実践しようねと言って、やりたいと答えた生徒が何人もいるので、そういう関係が築けたのも大きいと思います」
データ分析、キャラクター活用で工夫されたスライド作り。気になる市民からの評価は?
発表用のポスター作りにも随所に工夫が見られました。「サンリオを活用した多摩センター駅周辺開発」をテーマにしたグループは、駅近くのテーマパーク「サンリオピューロランド」を活用した街の活性化を提案。スライドの随所に人気のキャラクターを散りばめ、目を引いていました。
「多摩市の活性化〜住みやすい街づくり〜」のグループは、人口ピラミッドや多摩市の要介護者数の推計、住民1人当たり個人所得の推移などのデータをグラフで示し、課題分析に説得力を持たせていました。説明してくれた生徒は「データから何がわかるかを分析するのが大変でした」と振り返っていました。
その他、休みの日にも多摩センター駅周辺を訪れて街を見て回った生徒や、街の人にインタビューして声を集めた生徒など、街に飛び出して街から学ぶ姿勢が印象的でした。
午後2時から4時までの「テスト」に参加した街の人は約400人。参加者は発表を聞いて良かったと思うグループに投票し、その票数が成績判断要素のひとつになります。近くの大学に通う男子学生は「高校生から話しかけてくれたので発表を聞いてみました。スライドもグラフを使って分かりやすく作ってあるし、説明の仕方にも感心しました」と話していました。70代の男性は「大人と会話をすることも勉強の一つだから、いい社会体験になりますね」と笑顔で語っていました。
このように、自分たちが工夫してきたことに対して、目の前で直接フィードバックがあることや、活動の意義を耳にできる実践的な学びの場があることは素敵なことですね。
大人との交流が刺激と自信に
出岡先生は「普段は駅と学校をバスで往復するだけの生徒にとっては、良い刺激になっています」と話します。初対面の大人と緊張感を持って話をする体験を積み重ねることで、生徒たちに自信も生まれてきました。「今回のテストの設営、準備にもたくさんの大人たちが関わっていることを知り、開始前の準備や片付けに積極的に動く生徒の姿も見られました。知り合った大人に憧れる気持ちが、さらに何かをやりたいという意欲にも繋がっているようです」と出岡先生。探究活動だけでなく、模試の成績向上など他の学業面にも好影響を与えていると言います。
発表している生徒たちは誰もがしっかりと前を向き、笑顔で話しているのが印象的でした。そこには、「地域探究学習」と今回の「街なか期末テスト」を通して地域の大人たちと交流するなかで、自分たちで課題を見つけ、分析し、スライドにまとめあげた自信が現れていました。
2年生では、ゼミ形式で課題に取り組むという新しい学びの場が待っています。生徒たちが街なかで得た大人たちとの交流経験を活かして、どう伸びていくのか目が離せません。
執筆:李 香
企画:佐瀬 友香(トモノカイ)