“オニ”がわからなければ“オニ退治”はできない
近年、目にすることが増えてきた「SDGs」。“持続可能な開発目標”と訳されるこの国際目標は、2030年に向けて悪化の一途をたどる地球視点で世界中の人々が協働しながら社会課題を解決し、人類そして地球を持続可能なものにしていこうとする取り組みです。
これまでの社会課題は、その原因を特定し、その解消を目指すことが一般的でした。しかし、最近ではそうした社会課題の解決というものは、一筋縄ではいかないという認識が広まってきています。例えば、気候変動を食い止めるための温室効果ガスを削減する取り組み。もちろん、その取り組み自体は確かに必要であろうことは分かりますが、一方で経済活動を抑制することで削減するとなると、新たに“貧困”という社会課題を助長することになりかねません。今日は、このように経済、社会、環境が相互に影響し合う、“複雑な問題”に向き合う必要があります。
このように、変動性が高く、不確実性が高く、複雑性が高く、曖昧性が高い社会(VUCA社会)における課題解決において、「探究の高度化・自律化」によって取り組むことの重要性を指摘しているのが、東京都市大学の佐藤真久教授です。佐藤教授は従来のように、原因を特定し、その解消を目指す課題解決の手法を“オニ退治”と称しています。
「今の時代は“悪化×悪化”の大加速化時代です。その背景には課題が切り離されて存在するのではなく、互いにつながっていて相互に影響を及ぼし合っていることが大きな特徴です。今日は、課題の原因である“オニ”が見えにくくなっており、何か問題が起きたらその原因を解消するという“オニ退治”の考え方が通用しなくなってきているのです。」
気候変動の例をひとつ取ってみても、オニは誰なのかが見えづらいと佐藤教授は言います。この課題は企業の生産者責任でありながら、自治体の調達責任であり、消費者によるライフスタイルの選択行為という問題も含まれます。このため、何がオニであるとは言えず、解決のために取り組むべきポイントは1つには絞り切れないというわけです。
こうした問題の解決に向かうためには、相互に影響を及ぼし合っている原因を同時解決していくことが非常に重要だと佐藤教授は強調します。
「ほかにも“外部のないグローバリゼーション”、“地球惑星”、“混成文化”、“VUCA”といった様々な側面が強まってきた現代において、経済だけでなく社会や環境などの観点も踏まえた課題解決の方向性としてSDGsが登場してきました。これは戦後の諸問題の解決アプローチのつながりから生まれてきたものなので、それぞれを独立して捉えるのではなく、より包括的にものごとを捉えていこうとするアプローチです。ゆえに、17の目標を個別に捉えるのではなく包括的に捉え、テーマを統合し、同時解決を目指していくことが重要なのです。」
従来からある「探究」という学び
時代の変化に合わせて登場してきたのがSDGsですが、重要な考え方に「変容」というものがあります。この「変容」という考え方には「変える」と「変わる」という2つの意味が含まれています。つまり、社会変容に向けて従来のアプローチを変えるだけでなく、我々の暮らし方も変わる必要がある、ということ。自分事化をすることで、自らも変わっていかねばならない、ということを示しています。
そんなSDGsの考え方を基に、“オニ”が見えにくくなっている諸問題を統合的・同時解決的に見つめる必要がある複雑な現代において、統合的に課題解決に向き合い、ともに価値を共創していくためには「総合的な探究」が求められると佐藤教授は指摘します。
「従来は問題を単純化し、教育においても教科を基礎とし、個々人の学びを重視するという姿勢で進められてきました。教科ごとの探究(教科探究)が進められ深化させていくという方向性です。明確な因果関係があり、正解のある問いが成立するならばそれで良かったのです。しかしながら、先ほど紹介したように、現代の課題は因果関係が複雑で特定しづらく、問いも唯一の正解が存在しないものになってきています。このような時代に求められる教育は、個々人の学びに加えて社会変容につながる“協働”が重要になってくるのです。」
もともと学校現場で行われていた教育は教科を主とした学びでしたが、世の中が複雑になるほど、より総合的な学びが求められてきています。したがって教科ごとに探究を深化させて個人変容を促していく探究も重要ですが、SDGsで言われている社会変容を促していくためにも他者との協働によって進める探究も重要です。このように学校現場で実施している教科に基づく学びと、現代社会で求められているニーズとのギャップを認識することが大事だと佐藤教授は主張します。
「実は探究自体は新しく生まれたものではなく、これまでも教科主体の学習で行われてきたものです。さらには、2000年代から行われてきた総合学習の時間においても行われてきました。しかし、これからの時代に求められる力を育むには、教室内での教科に基づく学習だけでなく、地域の活動に関わり、校外の人たちと協働していくような学びが大事なんですね。この学習と協働の往還を実現するアプローチこそ、今日直面する“複雑な問題”に向き合い、探究をより高度化・自律化させ、持続可能な社会の構築に向けて目指していく方向性と言えるでしょう。」
探究に必要な高度化と自律化
学習指導要領の解説によると探究とは「①課題の設定」→「②情報の収集」→「③整理・分析」→「④まとめ・表現」というサイクルを繰り返していく活動だと説明されています。しかし、このステップをただ繰り返すだけでは同じ場所をぐるぐる回るだけで発展がありません。“複雑な問題”に向き合い、社会課題解決に挑む探究を進めるためには、これらのサイクルをスパイラルアップの形で引き上げていく必要があります。このために必要なのが、探究の「高度化」と「自律化」だと佐藤教授は指摘します。
「探究サイクルをスパイラルアップさせるには、引き上げるための目標が必要になります。それが、SDGsでは“持続可能な社会”という判然とはしない世界観です。この目標に向けて、探究サイクルをどう回し、どう深め、どう視座・視点を得ていくのか。つまり、学習指導要領解説でも触れられている探究の“高度化”と“自律化”が求められるわけですが、これが探究の難しいところと言えるのだろうと思います。」
<探究の高度化>
①探究において目的と解決の方法に矛盾がない(整合性)
②探究において適切に資質・能力を活用している(効果性)
③焦点化し深く掘り下げて探究している(鋭角性)
④幅広い可能性を視野に入れながら探究している(広角性)
<探究の自律化>
①自分にとって関わりが深い課題になる(自己課題)
②探究の過程を見通しつつ,自分の力で進められる(運用)
③得られた知見を生かして社会に参画しようとする(社会参画)
学習指導要領解説 総合的な学習の時間編(文部科学省)より
なかでも、複雑化する社会のなかで課題に向き合うためには“高度化”の「③鋭角性」と「④広角性」の両立をさせることが重要。しかし、これまでの日本の教育では、特に「③鋭角性」を中心に追求され、あるいは「④広角性」に偏って広げすぎることで逆に何をやっているのかが見えにくくなる、そのような状況にあると佐藤教授は見解を述べます。
さらに、SDGsでも言われている「自分事化」に向かうためには、“自律化”の「①自己課題」が重要になってきます。これがないと内発的な動機付けが生まれにくく、スパイラルアップしていく探究サイクルは回せないからです。また、社会課題に向き合うためには“自律化”の「③社会参画」の視点も必要とされ、前段でも佐藤教授が触れた「学習と協働の往還」が重要な意味を持ってくると言えるわけです。
文部科学省のWWL(World Wide Learning)コンソーシアム構築支援事業のみならず、当該事業におけるEBPM(Evidence-based policy making)に向けたデータ収集・分析、効果検証等のための調査研究にも深く携わっている佐藤教授。探究の現場において“自律化”の「②運用」は特に弱さを感じると言います。
「“自律化”の②運用とは、生徒自身が探究の過程を見通しながら自分の力で推進していくことを指しているのですが、これは大人でも難しい事だと思います。しかしながら、探究サイクルのスパイラルアップにはどれも欠かせない要素なので、いかにしてこれらを磨いていくかというアプローチが必要になってくるわけです。」
探究の高度化と自律化を育むための「WW型問題解決アプローチ」
これまでに触れてきたような“複雑な問題”に向き合い、統合的な問題解決をするために、探究を高度化・自律化し、サイクルのスパイラルアップを生んでいくにはどうすればよいのか。佐藤教授は1つの考え方を提示してくれました。
「1967年に発表された川喜田二郎先生のW型問題解決モデルという考え方があります。このモデルでは課題解決プロセスを自身のなかで考える“思考レベル”と、他者との会話や観察といった“経験レベル”の往還によってアプローチが進むとされました。この“思考レベル”と“経験レベル”に分けることが大変重要です。普段は意識していないがために一緒くたに捉えられますが、分けることで自分がどの部分を進めており、どの部分でつまづいているかなどが明確となり、学習と協働に活かすことができるのです。」
上図の中にある「D~H」を従来は探究と呼んでいました。すなわち、探究の高度化における「③鋭角性」の追求に相当する部分です。仮説を立て、実験・観察を経て検証していく、この流れを「仮説演繹法」と言います。しかし、川喜田先生の提唱では、仮説を立てる前に「探検する」「観察する」ことを盛り込んだのです。すなわち、上図の「A~D」に至る経路で、仮説を立てる前に探検・観察に基づき発想をする「観察帰納法」を組み合わせたのです。
「例えば、街歩きに出て、探検・観察をしたとします。すると、商店街が廃れている様子を見て“昼なのになぜ店が閉まっているのだろうか”などと違和感を覚えることがあるかもしれません。そんな思考と経験の往還から疑問が芽生えてくるのが観察帰納法のフェーズです。とにかく諸感覚を使って“探検”をすることで自分の内から湧き上がる疑問や思いをすくい上げることなんですね。これは非常に重要なことで、仮説演繹法だけだと実験室で実験を行うだけになりますが、観察帰納法によって探検に出て観察をすることで、自身が探究しようとするテーマの自分事化や内発的動機付けも進みますし、高度化・自律化に大きく影響してきます」
川喜田先生のW型問題解決モデルによって問題解決アプローチが整理され、探究の自律化を促すようなアプローチが取りやすくなりました。しかし、時代が進み、今の我々が直面する“複雑な問題”に向き合うためには、解決に向けたアプローチも一筋縄では行かないことは前述したとおりです。そのうえで、「探究の高度化・自律化」を目指すアプローチとして、川喜田先生のW型問題解決モデルを発展・応用させたものが、佐藤教授の提唱する「WW型問題解決モデル」だと言います。
「このモデルの前半は実は川喜田先生のW型問題解決モデルと同じになっています。しかし、現代の“複雑な問題”に向き合う解決アプローチは一筋縄ではいきません。そこで、このWW型問題解決モデルでは課題解決に対して、もう一度W型を描くような探究アプローチを組み込みました。課題を見つけ解決策を実行する前に、もう一度、観察帰納的に課題のつながりを見てみようということです。この部分はものごとのつながりを見つめるということなので、システム思考で臨む探究サイクルになります。そして、ありたい社会をみんなでデザインして協働していくのが最後の探究サイクルです。ここはデザイン思考が有効に利くフェーズになります」
“複雑な問題”に向き合い、様々な事象どうしの相互関係性や意味の多面性、時間による変化を捉えるうえで有効な「システム思考」というアプローチ。本メディアでは別の記事でも紹介しているので、詳しくはそちらをご覧いただければと思います。
「このように進めていくことで、探究の高度化・自律化が進む期待が大きいのですが、後半のフェーズは複雑性と向き合い、協働する度合いが高くなっていきます。ですので、最後まで推進していくためにもSTEP1による内発的動機付けが大変重要になってくるわけです。やはり探検で得られた“ワクワク感”や“違和感”、率直な疑問などを大切にして探究サイクルを連動させながら回していく必要があるのです。」
さらに、佐藤教授はこのWW型問題解決モデルを先生自身が理解し、運用するだけではなく、探究を行う生徒自らも理解し、運用する必要があると強調します。
「生徒がこうした探究を進めるアプローチに見通しを持つことで、先に触れた探究の自律化における“②運用”に効いてくると思います。これは、生徒が自分で今、何をやっているのかを自覚するからです。考えているのか、経験しているのか。探検・観察に基づいて発想しているのか、仮説に基づいて検証しているのか。システム思考なのかデザイン思考なのか。こうしたアプローチの整理がないままに進めていては、なかなか“②運用”の強化は進まないだろうと思います。他にも方法はあるかもしれませんが、探究を高度化・自律化していくための1つの考え方として有効ではないでしょうか。」
「WW型問題解決モデル」を基にした探究の実践に向けて
佐藤教授が提唱する「WW型問題解決モデル」を探究の実践に適応していくとどうなるでしょうか。この1つの応用例としてまとめられたのが『探究×SDGs “地域の課題”解決のコツ』(朝日新聞社)というワークブックです。STEPごとに取り組む内容をご紹介してみます。
STEP1:魅力発見の過程
このSTEPでは、先生が取り扱うべき課題や選択肢を提示しないようにします。地域を歩きながら探検し様々な感覚を使って「地域の魅力」を見つけます。これらの探検・観察・遊びを通して内発的動機付けがされることにより、STEP4まで推進するための自分事化のエンジンに火が付くことになります。
STEP2:課題発見の過程
魅力を見つける過程で見えてきた課題について、仮説を立て、調査の計画・実施、そして検証を行っていきます。
STEP3:解決策提案の過程
過去の事例をシステム思考によって捉えることで、解決策の参考にしていきます。特に、新聞記事で取り上げられている事例はシステム思考で捉えやすいものも多くあるので有効です。
STEP4:解決策実行の過程
様々な立場の人々が力を持ち寄って多面的に実効策を考え検討し、協働によって実行していきます。そして振り返りを通じて社会の変容を感じ、促していきます。
◇ ◇ ◇
本連載では、今後の記事で、こうしたWW型問題解決モデルを基にした探究を実践している学校や企業、そして実践家や専門家の方にお話を伺いながら、探究の高度化・自律化を目指すためのヒントを探って行きたいと思います。
取材・執筆:小川史晃(THINK TANQ編集部)