前回の記事では、東京都市大学の佐藤真久教授に「探究の高度化・自律化」について解説していただきました。本記事では、そこで登場した「WW型問題解決モデル」における「STEP1 魅力発見の過程」にフォーカスして解説をします。学校における事例もご紹介しますので、現場での「WW型問題解決モデル」実践例としてご参照いただければと存じます。
目次
- 現場で感じた感覚から魅力を見つけるための「探検」とは
- 事例① 「楽しい!」をきっかけに、主体的な活動を仕掛ける
事例を報告してくれた方:棚橋 乾先生(全国小中学校環境教育研究会) - 事例② いろいろ人との関わりから学びを自身の生活へと接続し自分事化する
事例を報告してくれた方:山崎 倫孝 先生(山形県立酒田東高等学校) - 総括
現場で感じた感覚から魅力を見つけるための「探検」とは
前回の記事でもご紹介したように、WW型問題解決モデルでは「課題」に取り組む前に、現場での「魅力」の発見から活動を始めることを提示しています。これは、探究する人の自分事化を促し、以降の探究活動を推進していく原動力を得るための重要なステップです。
この自分事化をねらうのが、現地に赴いて魅力を見つける「探検」という活動になります。“魅力発見”というとさほど難しさを感じないかもしれませんが、実際は意外と難しいものです。みなさんも、普段歩いている道を思い浮かべてみてください。その中から、探究してみたくなる「魅力」が、すぐに挙げられるでしょうか?
この「魅力」を見つけるためには、やはり現地で実際に諸感覚を伴う経験をすることが大事だと言えます。
WW型問題解決モデルでは、各ステップにおいて「思考レベル」と「経験レベル」を行ったり来たり、往還することがポイントになっています。自身で魅力を想定したり、推論を深めたるといった「思考レベル」の活動を行い、それを基にして、屋外に出てフィールドワークを行ったり、他者と議論を深めたりすることなど「経験レベル」の活動を行う。そしてまた、屋内に持ち帰ってきて整理分析など思考レベルの活動を行う……。
このように、「思考レベル」と「経験レベル」を繰り返しながらも、自身の探究による学びがどの位置にあるのか俯瞰しながら進めることで、自身の探究活動を自覚化し、その進め方をより明確に認識できます。
では、魅力を見つけるための「探検」とは具体的にどのような活動なのでしょうか。事例を踏まえながら見ていきましょう。
事例① 「楽しい!」をきっかけに、主体的な活動を仕掛ける
事例を報告してくれた方:棚橋 乾先生(全国小中学校環境教育研究会)
お話ししてくれた棚橋先生は、都内の中学校にて教諭・教頭を勤められ、都内小学校校長、全国小中学校環境教育研究会会長を歴任、現在も環境教育を推進しておられます。そんな棚橋先生から、校長として赴任していた学校で取り組まれた 「総合的な学習の時間」の事例をご紹介いただきました。多摩市は東京都の南多摩地区に位置しており、周辺の豊かな自然環境を生かした環境学習を通じて、生徒の主体性を育んでこられたそうです。
棚橋先生:
学びを進めるためには、子どもたちが「よし、やろう!」と思える最初のきっかけが必要ですよね。自分で主体的に「これ調べたい」「これはどうなっているのだろう」となってもらうための最初の仕掛けが、「WW型問題解決モデル」でいう「STEP1 魅力発見の過程」です。ここは、すべてのプロセスの中で一番時間をかけるべきところ。まず実際に、自分で体験しなければ、興味を持てないので。
例えば、私が勤務していた小学校の近くには多摩川が流れていたので、そこにまず皆で遊びに出かけていました。川一つとっても、魚、野草、野鳥と、いろいろなテーマがありますよ。
例えば水生生物を捕まえるときに、タモ網を体の下流側に置き、足で岸辺をゴソゴソと探ると、逃げた小魚や川エビなどが網にかかります。「ガサガサ」と言いますが、このような基本的なスキルを教えてもらうだけで、児童・生徒の心のスイッチが入ります。このような体験をしながら、それぞれのテーマの初歩的な話を聞きます。詳しい話はしません。それは自分で調べることが大切だからです。
そうして、まずは遊ぶことから始め、子どもたちが「楽しい!」と思う経験を入口にしたうえで、問題解決のステップを進めていくんですよ。
よくある残念なパターンとしては、体験して「楽しかったね」で終わってしまうこと。
そうならないためにも、しっかり振り返るところまで設計します。また、この「WW型問題解決モデル」をいつでも見られるところに貼っておいて、自分たちが今どの段階にいるのかということへの共通認識をもてるようにもしていました。
興味の持てないことに問いや課題を見つけようというのは、なかなか難しいですよね。
だからこそ、まずは経験してみる。そうすることで自分事化が進み、「楽しい」という経験から興味を持てる「魅力」が見つかってくることでしょう。そうなれば、生徒はより主体的に、見つけた「魅力」について自身の問いとして向き合うことができるのではないでしょうか。
この部分は学年問わず、大人にも通じるような、探究活動を推進していく原点となる部分だと言えるでしょう。
また、棚橋先生はご自身の経験から、探究における先生の在り方、そして教育本来の目的と探究の接続についてもお話してくださいました。
棚橋先生:
総合学習の時間における先生はあくまで、時間管理や安全管理を担ったり、グループ活動時の様子を見回ったり、生徒の思考の整理を手助けしたりする存在です。しかし、授業を進めるために、つい先生のほうで結論や答えをまとめてしまいたくなることがあるかもしれません。ですが、それは生徒の学ぶ機会を奪ってしまうことにつながります。私がいた小学校では、グループワークの結論をまとめてしまった先生に対して「なんでまとめちゃうの~?」なんて反発の声も出ていたくらいです。
先生はどうしても、やり方や正解を教えてしまいたくなりがちですが。しかし、算数や国語といった教科学習の指導方法と、特に総合的な学習の時間における探究学習の指導方法は違うのです。こと探究学習においては、時間はかかっても、子どもたちに自分で考えさせる、自分で判断させる機会を作るようにすることが重要だと思うんです。
つまり「脳に汗をかかせる」、つまり先生ではなく「児童・生徒に汗をかかせる」ということですね。大人たちが答えを与えるのではなく、児童・生徒が苦労しながらも自分なりの答えをつかみとるような経験をさせること。そうしてちょっといつもより背伸びさせて、もちろん成功したらすごく褒めてあげる。こうした経験を繰り返すことが大切なんじゃないかなと思います。
教育の大きな目的は、自分の思い描いていた未来を実現できるようになることです。つまり自己実現を図る力をつけることを、これまでの教育では考えてきました。しかし、社会や環境は、予想以上の速さで変化しています。特に自然環境はますます厳しくなっています。持続可能な社会をつくるための学びも重要になりました。社会に出たときに、社会に貢献できる人になっているためには、小学生から探究的に学び、主体性や協働性を育てる必要があるのです。
「STEP1 魅力発見の過程」では、探検から始まる心を揺さぶる内発的動機づけが重要であると言えるでしょう。この内発的動機づけは、棚橋先生がご指摘なさっている「楽しさ」だけでなく、さまざまな課題から感じる違和感や、悲しさや怒りなども含まれると思います。重要なのは、自身の心の変化に向き合うこと、体験を通してさまざまな感受性を高めることだと思います。このような内発的動機は、その後の探究プロセスにおいて、困難な状況や複雑な問題に向き合う原動力になることでしょう。一見難しく見える「WW型問題解決モデル」も、棚橋先生が実践なさってきた小学校の事例からも、その具体性を読み解くことができます。
コメント:佐藤真久(東京都市大学大学院 環境情報学研究科 教授)
事例② いろいろ人との関わりから学びを自身の生活へと接続し自分事化する
事例を報告してくれた方:山崎 倫孝 先生(山形県立酒田東高等学校)
山形県立酒田東高等学校は、探究科を設置した平成30年を皮切りに、学校全体で探究に力を入れる取り組みを行なっています。SSHでもある同校は地域の人々との関わりの中から地域の魅力に触れられるカリキュラムを通じて、「探究の高度化」と「探究の自律化」を目指しておられます。
山崎先生:
実際に行っている地域における探究的な取り組みの一つとして、1年次に一日かけて行う「SDGs研修」があります。ここでは、佐藤真久教授の講義や、チームに分かれて行うワークショップなどを通じて、SDGs全体の基礎知識を身につけます。ワークショップでは、日本特有の社会課題である「社会課題解決中マップ」(https://2020.etic.or.jp/)やSDGsの目標が記された「SDGsカード」を用いて「なにがSDGsの何番に当てはまるのか?」、「日本の社会課題とSDGsの接点は何か」など、実社会とSDGsとを絡めて学びを深めます。
このときのチーム編成は学年や性別の異なる5人組で組むように心がけています。これは、チームメンバーから多様な意見が出ることで、多角的な観点から物事をとらえられるようにすることをねらっています。
そして2日目にはフィールドワークに出かけ、SDGsやサイエンスといった観点から地域の課題を考えていきます。ですが、その前に、自治体職員の方からは、地域の自然環境や風土、地元企業の方からは事業と地域との関連性について話をしてもらいます。
フィールドワークでモノやコトに触れることも大事ですが、地元のヒトと触れ合うことで、自分も一員である地域について想いをはせることができ、より自分事として捉えられるようになっていくと考えているので、地元の方との交流も大事にしています。
「思考レベル」である座学を通した学びだけでなく、「経験レベル」として実際に生徒が「探検」をするフィールドワークも合わせた取り組みが特徴的です。まさに「WW型問題解決モデル」の「STEP1 魅力発見の過程」を具現化している取り組みと言えるのではないでしょうか。
このSDGs研修はスポット的な取り組みですが、山崎先生によると、日頃から行っている探究学習との関連性も大切にしているようです。
山崎先生:
1年次の探究学習としては「ミニ課題研究」という取り組みがあります。
「ネイチャーチャレンジ」「ソーシャルチャレンジ」「サイエンスチャレンジ」という3種類のチャレンジの中では、生徒が自分で興味を持ったところを深めていけるようにするべく、多様な視点を与えることを大切にしています。ベンチャー企業から、NPOから、自治体から……いろんな立場の人を呼んできて話をしてもらうことで、多様な立場で同じ課題にアプローチできる視点を養います。
実際に現場に出向いたり、いろいろな人からのお話を聞いたりする体験が、非常に大切にされていることがわかります。その背景には、山崎先生が考えるフィールドワークの意義が込められていると言います。
山崎先生:
最終的に中高生が行きつく悩みは「この勉強は一体なんの役に立つんだ?」「なんで勉強しているんだろう?」というところなのだと思います。その一つの原因としては、教科書の中で習うことは内に閉じてしまっていて、生徒にとって身近に感じられない(生活と結びつきにくい)ということがあると考えております。
だからこそ、実物に触れるフィールドワークが非常に重要な役割を持つのです。様々な教科で学んだ知識や、ニュースで見たことを、実際に自分で見て感じてほしいんです。
例えば酒田の海沿いには、塩害や強風による被害を防ぐために、昔の人が作った松林があります。これは小学校でも習うのですが、その松林に対して我々はどう関わっているか、地域の人たちはどう感じているのか、あるいは経済的な視点から見るとどうなのか、というところまでは考えないですよね。
今、エネルギー供給のために、その松を伐採して太陽光パネルを設置したりしています。こうすると、植生が変わって生態系にも影響がありますよね。でもエネルギーはもちろん必要だと。じゃあどうしていけばよいのか?
こうした地元で起こっている現実を生徒たちに見せて、持続可能な社会とは何なのかという問いに迫っていくのです。
そうした問いに答えはないですよね。生態系も松林も、エネルギーも必要ですから。だからこそ、自分で実際に松林に足を運んだり、太陽光以外のエネルギー供給として風力発電所、火力発電所を見に行ったりして、現実に触れに行ってみる。こうしたフィールドワークを通じて、実際に触れてみて「あなたは何を感じた?」というように問うていくことで、生徒は地域課題を自分事として捉えていくことができるのだと思います。
フィールドワークにおける体験を通して、さまざまな地域の資源をつなげていくプロセスは、「STEP1 魅力発見の過程」において、重要な意味を有していると言えるでしょう。地域の魅力は、自身の観察と発想から見出すことが可能です。
山崎先生が指摘なさっている「地元で起こっている現実を生徒たちに見せる」という取り組みは、その現実を観察し、その解釈を生徒に委ねるということを意味しています。教員が有する正解や事象の解釈を提示するのではなく、生徒自らが自身の解釈(内省からの答え)をもつことを促している点に特徴があると言えるでしょう。
コメント:佐藤真久(東京都市大学大学院 環境情報学研究科 教授)
総括
本記事では、「WW型問題解決モデル」における「STEP1 魅力発見の過程」について、実際の事例なども交えてご紹介してまいりました。
正解のない問いに対し、自分事として向き合っていくにはまず、実際に自分で触れ、現場で感じるための「探検」が重要なのだということがわかりました。そこで感じた「魅力」は、見えていなかった課題の発見にもつながります。
まずは実際に感じることから始めることで、「探究の高度化」・「探究の自律化」を促していけるのではないでしょうか。
ぜひ、棚橋先生、山崎先生の事例も参考にしてみてください。
執筆:佐瀬友香(THINK TANQ編集部)