“あちらを立てればこちらが立たず”社会課題の同時解決に求められる「システム思考」

「システム思考」という言葉をご存じでしょうか。

システム思考とは、複雑性の高い事象の全体像を捉え、それらを構成する要素の相互作用を多面的に把握し、課題解決へのアプローチを探る手法です。

時代の変化とともに、複雑さを増す社会課題。「経済、社会、環境」などそれぞれが抱える課題は、実は個別のものではなく、互いに強く関連し合っています。多様な要素が分野を超えて影響し合う場合、物事の本質を理解し解決法を見出すためには、システム思考が有用であると言えるでしょう。

また、システム思考で養われる多面的な視点は、複雑に絡み合った問題をひもとく糸口として、ビジネスにおける組織のマネジメントや、高等学校に導入される探究学習においても大いに役立ちます。

本記事では、「氷山モデル」「ループ図」などを用いて、物事を全体像として捉える「システム思考」の具体的な役立て方をご紹介していきます。

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目次

  1. 「システム思考」とは?目に見えている一部分より、全体像に意識を向ける
  2. 【具体例】「ループ図」で可視化してみる
  3. 探究学習における「システム思考」の活用例
  4. まとめ

「システム思考」とは?目に見えている一部分より、全体像に意識を向ける

システム思考の概要と変遷
「システム思考」はシミュレーション分析手法であり、マサチューセッツ工科大学のシステム理論研究プロジェクトによって、1950年代に開発されました。もともとは 生物学や工学などの分野で活用されていたものでしたが、1960代に社会や経済、ビジネス、環境学などへの応用論が提唱されるようになり、その後、「システムダイナミクス」という学問となりました。現在では、複雑な問題について、相互作用、意味の多面性、時間の中での変化などを組み入れた思考法として、認識されています。

出典:『探究×SDGs “地域の課題”解決のコツ』(株式会社トモノカイ)

システム思考の概要や変遷から、難しい方法論との印象を受ける方もいるのではないでしょうか。

「システム思考」では、互いに影響し合う要素とその構造を“システム”として捉え、課題解決に向け効果的に働きかけるポイントを考えます。システム内でつながり合う要素は、“図”で表現することができます。“図”を用いてさまざまな要因を可視化させ、根本的な問題解決への施策を練ります。

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物事の全体像を捉えるためには、次の5つが要となります
(出典:『探究×SDGs “地域の課題”解決のコツ』、トモノカイ)。

(1)相互の関連性
(2)時間による変化
(3)パターン認識
(4)異なるメンタルモデル
(5)全体構造

さまざまな側面から物事の構造を理解し、 絡み合う問題をひもとくきっかけを見出していきましょう。

“図”にはいくつかのツールがあります。まずは、ツールの1つである「氷山モデル」を通して、システム思考について触れていきます。

氷山モデルを身近な言葉で表現するならば、「氷山の一角」などが意味を想像しやすいでしょうか。海面上に見えている氷山は一部分であり、大部分は水面下に広がっているとの例えです。その名のごとく氷山モデルとは、表出している問題は全体のほんの一部であり、目に見えない残りの要因が根深いことを表しています。

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氷山モデル

氷山モデルは事例によってパターンが変化します。今回は「システム思考」を探究学習に活かすケースとして、表出部を今起きている事象の「できごと」、水面下の見えない部分を「時系列パターン」「構造」「メンタルモデル」と表記しています。このように氷山モデルでは、物事の全体像を階層的に捉えることができます。

次の例では、もう1つのツールである“ループ図”を用いて物事の構造を整理していきます。

【具体例】「ループ図」で可視化してみる

以下の事例を“ループ図”に落とし込み、解決案を考えてみましょう(出典:『探究×SDGs “地域の課題”解決のコツ』、トモノカイ)。

①A君のはなし
いやいや丸暗記したけど、たまたま小テストで良い点数が取れた。すると、両親がやたら褒めてくれたので自信がついた。なんだかやる気が出て、また少し勉強してみたら、期末テストでも良い点が取れた。僕にはこの科目が向いているらしい。

②B君のはなし
勉強しなかったから、やっぱり小テストの結果はダメだった。すると、両親が急に怒り出して自信がなくなった。余計にやる気が無くなって、より一層勉強できなくなり、期末テストでもさんざんな結果だった。僕にはこの科目は向かないに違いない。

どちらも、話の時系列と流れは同じです。しかし、訪れる結果は全く逆のものとなります。

上記の事例は、次のような構造の図で表現できます。

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この事例では、
①は1 つの変数※が良くなれば、全ての変数がどんどん良くなっていきます。

※変数とは、システムを構成している要素のことであり、これらは他の要素の影響により増えたり減ったりと変化します。本ループ図では、「テストの点」「自信」「やる気」「勉強量」が変数にあたります。

②も同様の構造ですが、負のループを好転させるには、どうすればいいでしょうか。

<検討点>
悪循環を断ち切るためには、“システム”の中から働きかけるポイント(=変数)を見極め、複数の変数に良い影響を与えていく必要がある。

<考察>
・ほめられることが結果としてA君の自信になり、また勉強を頑張るというやる気につながっている。
・点数が悪いと怒られることでB君は勉強へのやる気をなくしてしまい、結果としてまたテストの点数が悪くなるという悪循環に陥っている。

<解決案>
B君の事例を悪循環→好循環に変化させるためには
・少しの勉強量で点数の上がる小テストなどを対象として、いやいやでも勉強量を増やし、良い点数をとる機会も増やす。
・自信を深めてやる気を高められるよう働きかけをすること。悪循環を好循環に切り替えるという意識が必要。

このように、システム思考の図解を通して構造を整理してみることで、どのポイントに働きかけるべきか見極めやすくなったのではないでしょうか。

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探究学習における「システム思考」の活用例

探究学習は、課題の設定→情報の収集→整理・分析→まとめ・表現のプロセスを繰り返していきます。全体像を捉えるシステム思考を用いることは、いつくもの要因が織りなす作用を広い視野で分析することができ、探究学習における「なぜ?」の深堀りや課題解決にも活用できると考えます。

以下の2つを例に、「1つの物事の変化」が与える影響について考えてみましょう。

①ある道路における混雑を緩和するべく、道路を拡張する工事を行うとする。
周辺に森林が広がっていた場合、伐採が必要となる。道路を拡張し、混雑問題は改善された。しかし、森林を伐採した結果、新たな環境問題が発生した。以前は森林の植物が吸収していた二酸化炭素などを含む排気ガスの排出量が増え、また伐採前の森林で暮らしていた虫などの生き物は生活の場を失ってしまった。

⇒解決したい課題:混雑緩和
⇒解決策:道路拡張
⇒新たに起こりうる課題:環境問題

②ある学校では校内の秩序を守るべく、いくつかの校則を定めた。
とくに制服の着方に関しては、スカートの長さやネクタイの結び方などを細かく設定した。
その結果、学内での生徒の制服の着方には統一性が保たれるようになった。その一方で、校則を破る生徒も現れ始めた。そこで新たに、生徒の制服指導などを行う「校則指導部」が置かれ、担当の教員たちには校務が追加される事態となる。その傍ら、生徒側では「いかに校則の際どいラインを攻められるか」という点に力を入れるようになってしまい、校則の存在意義が薄れてしまった。

⇒解決したい課題:校内の秩序を保つこと
⇒解決策:校則を定める
⇒新たに起こりうる課題:校則違反対策

このように、「何かを解決すると他の何かに影響する」というようなシステム思考の捉え方は、相互作用する多面的な問題を可視化させるために有用であると言えるでしょう。

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自ら問いを立て、課題の最適解を見出すプロセスに重点をおく探究学習。さまざまな切り口から問う視点が必要であり、また解決の糸口が見出せない複雑化した探究課題においても、システム思考を用いての分析は非常に役立ちます。そして、問いも答えも1つではない課題と向き合う探究学習だからこそ、多面的に捉えるシステム思考の課題解決アプローチが活きるのではないでしょうか。

また探究に関わる教員においては、システム思考の論理を用いて生徒のサポートに入ることで、探究を「より深い問い」にできるのではないかと考えます。複雑に絡み合う問題に悩む生徒へ向けて、物事を多面的に捉え要因をひもとく視点は、生徒をより深い学びへと向かわせるきっかけとなるでしょう。

システム思考とはまさに、探究学習の課題解決へのアプローチとして重要な手法であると私たちは考えます。

まとめ

探究学習を通してシステム思考を日頃から意識づけておけば、あらゆる事象を俯瞰に捉えることができます。

世の中には、経験則から解決できる課題もあります。しかし、過去の自分の成功体験だけでは解決できないような、未知の課題に直面することは往々にしてあるでしょう。システム思考で物事のつながりを可視化することは、社会におけるさまざまな課題の解決方法が他の分野にどう影響しているのかを、自ら再考する上でも役立つのではないでしょうか。

思考を磨く実践の場として、探究学習の時間をぜひ有効活用していきましょう。

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THINK TANQでは、「探究」にまつわるさまざまな情報をお伝えしてまいります。探究学習を通じて、日常から得る学びがより深いものとなり、実りある人生につながるきっかけとなれば幸いです。

(執筆/尾崎朋子)

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