第一回の記事では、東京都市大学の佐藤真久教授に「探究の高度化・自律化」について解説していただきました。
そこで登場した「WW型問題解決モデル」におけるプロセスにおいての最後の段階が、「STEP4 解決策実行の過程」です。
「STEP3 解決策提案の過程」まで進められたなら、解決策はいくつか考えられているはず。しかしながら、ただ提案して終わってしまっては、ここまでのプロセスが「机上の空論」になってしまいます。
だからこそ、このSTEP4 の段階で解決策を「実行」してみることが非常に重要です。
そこで本記事では、環境省中国環境パートナーシップオフィス(EPOちゅうごく)事務局長とひろしまNPOセンター専務理事・事務局長を兼任する松原裕樹さんより、地域課題の解決に取り組む「福山未来共創塾」の事例についてお話を伺い、学校という教育現場における課題解決にも応用できるヒントを探りました。
目次
思い描いた理想を実現する新聞“福山未来共創新聞”とは?
広島県福山市では、「福山未来共創塾」が行われています。
これは、福山市が2018年から続けていた事業で「福山のありたい未来を、ただ描くだけでなく、実際に市民や企業など色々な方と共創して一緒に具現化していこうとはじまったプロジェクトです」と松原さんは説明します。
参加者は、市民団体や大学生の方、市議会議員や企業の方まで多様に集まっています。
ここで思い描いた未来をより実現に近づけるべく、2020年以降は佐藤真久先生をアドバイザーに迎え、問題解決やSDGsへの理解を深めるなど、福山未来共創塾での取り組み内容をさらに進化させました。
進化した共創塾での代表的な取り組みが、「福山未来共創新聞」です。
これは3年後、5年後というそう遠くない未来において福山で実現していたいこと、それが新聞に取り上げられたという架空の設定で、実際に新聞の形で表現してみるという取り組みです。
この「新聞の形で表す」ことが、描いた未来を実現するために重要な意味を持っています。
松原さんは、次のように話します。
「新聞は、その内容が簡潔に、具体的に書いてある必要があります。だからこそ、福山未来共創新聞に描く未来は“絵に描いた餅”ではなく、実現するイメージを具体的なプロセスで考えることができるんです」。
新聞に描いた未来が実現した具体的な例もあります。
例えば福山市の名産であるバラを活用したお香を作りたいという方が、地元の小学生たちと実験しながらお香作りに挑戦してみたり。
一方で、ある大学生は、最近増えてきた外国人労働者が地域で暮らしやすくなるよう、外国人向けの地域パンフレットを作成してみたり。
「新聞に描かれたプロジェクトは、共創塾の期間中にもう動き出している」と松原さんが言うように、想像で終わらず具体的な行動にまで落とし込めているようです。
未来を新聞に表現することで、その実現までのプロセスが具体化して描けるので、結果として行動につなげやすくなっているのだといえます。
この実現に至るまでのプロセスは、地域課題をテーマにした探究となぞらえても参考になります。
「デザイン思考」と「システム思考」の接点
福山未来共創新聞の取り組みは、佐藤先生の整理によれば、「デザイン思考」と「システム思考」の接点として表すことができます。
ありたい姿を「デザイン思考」でイメージしたうえで、現在の姿を「システム思考」で論理的に整理して考えることが、まさに新聞づくりのプロセスです。
このことから、革新性の「デザイン思考」、実現可能性の「システム思考」を往還してアウトプットに落とし込むことが、「STEP4 課題策実行の過程」にも重要な意味を持つことがわかります。
描いた未来を実現していくために大切なことは?
意識的に“つなげる”
着実なアプローチで実現に近づけていけそうな共創塾ですが、色々な人との関わりを間近で見てきた松原さんは、
「地域の地元住民かどうかに関わらず、地域にどういう資源があって、どんな強みや弱みがあるかということまではある程度認識できています。しかし、それを“どう課題解決につなげていけるのか”まで、どうしてもつながりにくいのです」という課題感も明らかにしました。
この課題感があるからこそ、地域での活動については、意識的に”つなげる”ことを大切にしているといいます。
「研修やワークショップを通じて、様々な人を意識的につなげていく。そうすることで、一つの主体だけでは到底解決できないことも、築き上げた関係性やそれぞれの強み弱みが組み合わさっていけば、課題解決に大きく近づくと感じています」。
目指す未来や方向性が同じであっても、そこに対するアプローチの考え方や、強みを発揮できる場面は人それぞれ。だからこそ、様々な立場や考え方の人同士を意識的につなげていくという松原さんの考え方は、学校で地域課題の解決に取り組もうとする場面にも応用できそうです。
自分ごとよりも「みんなごと」で考える
また松原さんは、共創塾での活動にあたっては「自分ごと」ではなく、「みんなごと」であることを大切にしています。
これは、自分一人ではなくメンバー全員の落としどころを探していくという意味で、松原さんが表現する言葉です。
福山未来新聞の作成のように、色々な立場の方々が集まって一つの理想的な未来を描くには、その集団で目指す目的や方向感が揃っている必要があります。
こういった場面では、あくまで自分がやりたいことや自分の描く理想が主体である「自分ごと」ではなく、「みんなごと」、つまり“私たちみんなに関わっている事柄”として考えていけると、チーム一体となって理想を実現していけるといえます。
学校の探究でも、個人探究もあればグループ探究もあると思います。グループがチームとして一つの課題に取り組む探究活動などではとくに、福山未来共創塾の「みんなごと」という視点は重要なヒントになりそうですね。
<佐藤真久先生からのコメント>
「STEP4 解決策実行の過程」は、これまでの「STEP1魅力発見の過程」、「STEP2課題発見の過程」を踏まえ、システム思考を活かすことを通して、地域にある問題を「複雑な問題」と捉え(STEP3解決策提案の過程)、ありたい社会を構想・実行(デザイン思考)する段階であると言えるでしょう。
「STEP4 解決策実行の過程」では、デザイン思考のスキルを基礎としており、他者と関わりながら、他者の目線を活かすことで社会を構想することを大切にしています。他者との関わりを通して、共感(なるほど!)と潜在的ニーズ(こんなニーズがあるよ!)を掘り起こし、アイデアやチャレンジ(試作)を生み出すプロセスは、これまでの「私の地域」(自分ごと)という見方から、「私たちの地域」(みんなごと)という見方になることを意味します。
松原さんの取り組みは、地域の「複雑な問題」に向き合い、ありたい姿に向けて「私たちの地域」を共に創っていこうという姿勢が読み取れます。この背景には、地域の取り組みもテーマごとに分断化され、業種や職種によりアプローチが固定化し、世代間や領域間で十分なコミュニケーションが取れていない現実を読み取ることができるでしょう。他者と深く交流し、相手の立場で考え、求援力・受援力を身に付け、価値を共創することを大切にしながら、ありたい姿に向けて「私たちの地域」づくりに挑んでいる「福山未来共創塾」は、生涯探究社会の一つの姿を表していると言えるでしょう。
総括
ここまで、福山未来共創塾での事例を参考に、課題解決の実行についてヒントを探ってまいりました。
具体的な実現までのプロセスを描くことが、実現につながるという意味では、未来新聞の作成は一つの手段として活用できそうです。
また、最後に松原さんは、学校における社会課題解決やその後の未来について、期待を込めて次のように話します。
「必ず“何か問題を解決しよう!”とすると大変ですが、その問題解決の手段は色々とありますよね。先にあったお香づくりもそうですし、価値創造型のプロジェクトを考案するのも、問題の解決につながります。こうしてもっともっと、色々な形で、生徒さんにも社会に参画してもらえると嬉しいですね」。
昨今では、自治体や地域の企業などと協力して社会課題の解決に取り組む学校も増えてきました。
こうした地域との関わり方も、課題解決へのアプローチも多様にあるので、ぜひ地域の特性や解決したい課題に合わせて、社会とのつながりを創出してみてはいかがでしょうか。
執筆:佐瀬友香(株式会社トモノカイ)