2019年度から高校で導入された「総合的な探究の時間」。生徒たちが[課題設定→情報収集→整理・分析→まとめ・表現]という探究のプロセスを繰り返すことで、課題を見つけて解決策を見出す力や、新しい価値を生み出す力を養っていく科目です。
しかし、「探究」という言葉に漠然とした印象を抱いている教員や生徒も少なくありません。そもそも周囲に探究している人が見当たらず、具体的に何をすればいいのか分からないといった意見も。
一方で、世の中には特定の分野を追究し続けている「探究人」(たんきゅうびと)は数多くいます。今回お話を伺った辻 正浩(つじ・まさひろ)さんもその一人。辻さんは2003年から「SEO(※)」を探究し始め、現在は依頼主のサイトの検索流入数を上げるコンサルティング業を営んでいます。今や日本で検索にヒットするサイトの約5%に辻さんが関わっているのだとか。
【※】Search Engine Optimization(=検索エンジン最適化)の略称。Googleに代表される検索エンジンからサイトに訪れる人を増やすための施策のこと。
辻さんはなぜSEOの道に進むことになり、普段どのように探究しているのか。その姿勢から探究学習やその指導につながるヒントを探りました。
目次
- 20時間データを分析し原因を探る――辻正浩さんの探究のプロセス
- SEOに目覚めたきっかけは、ハッタリと1冊の本
- SEOの楽しさは、新しい発見しかないこと
- 探究のコツは領域を細かく刻んで、小さな成功体験を得ること
20時間データを分析し原因を探る――辻正浩さんの探究のプロセス
――現在、辻さんはSEO専門家としてどのような活動を行っているのでしょうか?
日本のWebサイトが検索からより見られるためのコンサルティングをしています。主な仕事は、依頼主のサイトを分析すること。「あるワードの検索流入が下がっている」など課題を見つけ、周辺データを分析してその原因を探っていきます。
――例えば、あるサイトで検索流入が劇的に下がってしまった場合、どのように調査していますか?
データとサイトを見比べて、仮説を立てては潰す作業を繰り返していきます。
検索流入数をスマートフォン(以下、スマホ)とPCで比べたとき、スマホだけ大きく落ちているのであれば、「全体的な順位の変化」という可能性は潰れます。「スマホだけで検索されるワードで何か変化があった」、もしくは、「スマホの検索仕様が変わった」に仮説が絞られていくわけです。
そこから「この仮説が正しいのであれば、ここにも影響が及んでいるはずだ」と検証していく。思いつく限りの項目を検証して、すべて実証されるのであれば、大概その仮説が当たっているんですよね。
――1つの原因を見つけるために、どれくらい時間を費やすものなのでしょうか?
それはケースバイケースですね。検索流入に大きな変動がある場合は、20時間くらいデータを見続けていることがあります。一方で、1つの改善ポイントを探す場合は5時間ほど。調査対象は1つのサイトのときもあれば、検索エンジンに関わるすべてのサイトのときもあります。
――絶対的な攻略法があるわけではなく、地道な検証を繰り返すものなんですね。
検索エンジンは日々アップデートしており、SEOはますます複雑になってきています。2016年頃まではタイトルやリード文だけ変えれば、簡単に検索順位を上げられました。でも、今はコンテンツ全体を調整する必要があります。
また、検索エンジンはどれだけ進歩しても問題だらけなんです。社会的に有益なサイトであっても、うまく検索されないことも多い。「有益なサイトが検索されるようになるのは、インターネットの価値を高めることにつながる」と思いながら、この仕事に取り組んでいます。
SEOに目覚めたきっかけは、ハッタリと1冊の本
――辻さんは16年以上、SEOを探究しています。ここからはどういう経緯でSEOの世界に足を踏み入れたのかお伺いしたいのですが、まずは辻さんの経歴を年表にしてみました。
――新卒で入社したのがゲームソフトの卸売問屋と、今とは随分とかけ離れていますが、どういう流れでSEOの道へ進んだのでしょうか。
もともと大学時代からインターネットには熱中していたんです。当時はまだ日本の大学でネット環境があったのは5、6校しかなかったのに、たまたま私の大学には2台のパソコンがネット接続されていまして。
その当時テストでWebサイトを作っていたのですが、日本でWebサイトを公開した早さだと、トップ100に入っていると思います(笑)。
――かなりのネット古参だったわけですね。
社会人になるときもインターネットの仕事を探したのですが、1998年頃はまだほとんどない時代で。北海道で新卒採用しているのも1、2社しかなかったので、普通の営業会社に入ったんです。
2002年頃、インターネット放送事業を立ち上げる会社に、高校時代の恩師から誘われて転職したのですが、軌道に乗らず潰れてしまって。次の会社でもネット放送を続けようとしたのですが、うまく行かずWebサイト制作事業を始めました。
そこで2003年のある日、網走のホテルを経営している方から「辻さんの会社ではWeb制作費に30万円かかるけど、別の会社から5万円で請け負うという売り込みがあった。6倍もするけれども、どんな違いがあるのか」と聞かれてしまったんです。
もうあたふたして、その辺に読まずに積んであったSEOの本を2、3ページめくって、「SEOというものがありまして、プロがWebサイトを制作すると検索でヒットしやすくなるんです!」と口から出任せに訴えて、そのまま受注したんです。その本がSEO研究の第一人者である渡辺隆広さんの著書『検索にガンガンヒットするホームページの作り方』(翔泳社)で、当時まだ2冊ほどしかないSEO関連本の1冊でした。
――辻さんとSEOの出合いが、営業のハッタリからだったとは驚きです。
はい。でもその後、慌ててこの本を精読して実践してみたところ、本当に検索流入数が上がったんですよ。当時はまだSEOという言葉すら聞き慣れない頃で、この本一冊の知識だけで検索順位を上げることができました。
どんな仕事であれ、他の人より一歩抜きん出なければ食いっぱぐれてしまいます。自分にはデザインセンスはありませんでしたが、SEOならロジカルなアプローチでサイトに集客できる。この本をボロボロになるまで読み込みながら、全力でサイト制作に取り組み、SEOという武器を磨いていきました。
それから5年間で8社を渡り歩いていたのですが、独学でやれることにも限界を感じて。2007年に渡辺さんのいるアイレップのサーチエンジンマーケティング総合研究所(SEM総研)に入り、一からSEOを学び直しました。SEM総研に入るまでは「SEO(エスイーオー)」を「セオ」って呼び続けていたくらいですから……。
――今では「SEOの神」とも呼ばれている辻さんに、そんな時代があったとは(笑)。
お恥ずかしいです(笑)。それからさまざまな有名サイトを担当し、SEOの専門性をさらに高めていきました。その後、2011年にアイレップを退社して、フリーランスとしてSEOコンサルティング業を始めました。2年後には法人化してso.laになり、2019年にJADEを設立したという流れです。
SEOの楽しさは、新しい発見しかないこと
――検索流入と向き合う日々も喜びがないと、16年以上も続けられないと思います。SEOを探究する中で、どんな楽しみがありますか?
何か新しい発見がある瞬間は楽しいですね。その点、SEOの仕事って新しい発見しかないんです。「良いコンテンツさえ作っていれば、検索上位に表示される」というのが検索エンジンの理想ですが、現実は複雑でそう言い切れない場合も多い。まだまだ未知だらけの分野なので、楽しい状態が続いています。
――中でも一番興奮した瞬間は?
今は存在しないある検索エンジンで、いくらでも検索順位を上げられる方法を見つけたことですね。「FX」の検索順位で試したところ、何でもないページをたった1日で4位まで上げることができてしまって……。
ちなみに「FX」って検索1位にできたら、当時なら1カ月で2000万円稼げたキーワードなんです。これはすごい発見だけど、表に出したら問題が発生するので、渡辺さんにだけこの話をしてページを消し去りました(笑)。
そういう、「世界でまだ誰も見つけていないけど、確実に存在するアルゴリズム(※)」を発見できたときは興奮しますね。
【※】コンピューターが効率的に目的を達成するための処理手順のこと。検索エンジンでは複数のアルゴリズムを組み合わせることで、検索ワードから関連性が高くて有用な情報を上位に表示できるようにしている。
探究のコツは領域を細かく刻んで、小さな成功体験を得ること
――SEOを探究し続ける上で、何か大事にしていることはありますか?
いきなり全体を解明しようとするのではなく、調べる領域を区切ることです。
例えば、検索エンジンのある領域で検索順位が大きく変動したとしても、検索アルゴリズムがどう変わったのかすぐには把握できません。だから、「今日はこの部分だけを分析しよう」と領域を細かく区切った上で、1つ1つ解明していくしかない。
うまくゴールまでの節目を設けて、一歩ずつ取り組んでいくことが、探究のコツだと思います。
――そのほうがプレッシャーを感じずに取り組めそうですね。
あと、成功体験を得ることも重要です。
私も仕事でタスク管理をしていますが、その際に意識しているのは、小さなタスクを消化して自分に充足感を与えること。例えば、朝一番や夜に仕事を再開する際、「一つサイトをチェックする」といった簡単にできるタスクを設けています。最初から重いタスクだと泥沼にハマってしまうので、仕事に弾みを付けて取り掛かれるようにしています。
――では高校生も探究学習では、課題はできるだけ簡単に取り組めるよう、ハードルを下げたほうが良いのでしょうか。
効果はあると思いますが、領域を絞りすぎるだけではだめです。ちゃんと成功体験を得られるだけのやりがいを残さなくてはなりません。
例えば、古文で「紀貫之」を探究する場合、いきなり紀貫之という人物全体を調べても成果は挙げづらい。一方で紀貫之の短歌一首だけに絞ると、成功体験を得やすいと思います。ただ、短歌の句5文字だけにまで絞ると、今度は探究する意義が失くなり、ただの作業になってしまいます。領域を適切に区切れるかどうかは、先生方の腕の見せどころですね。
――高校生はどのように探究の課題(テーマ)を見つけたらいいのでしょうか。やりがいを持って取り組むなら、やはり趣味や好きなものから探していくべきですか?
最初から好奇心が働くものを課題にできたらいいですが、趣味から社会的に価値のあるテーマへ広げていくのは難しいですよね。「好きなことを仕事にするのは良いのか悪いのか」という話がよくありますが、好きなことを仕事にできる可能性は限りなく低いものです。でも、これは持論なのですが、「仕事を好きになることはいくらでもできる」んです。
SEOも最初から好きだったわけではありません。本に書かれていたことをやってみて、効果を得られたから好きになっていきました。興味の持てないことでも成功体験が得られたら、好奇心が芽生えてくる。だから、まずは身の回りで自分ができることを見つけて、取り組んでみてはどうでしょうか。
(取材・執筆:黒木貴啓/ノオト 撮影・編集:野阪拓海/ノオト)
【プロフィール】
辻 正浩(つじ・まさひろ)さん
1974年8月17日生。日本東京都渋谷区在住。2002年に札幌市で広告業界に足を踏み入れ、特にWeb制作・SEOについて技術を磨く。2007年より東京に拠点を移し、SEMを中心とした広告代理店でSEOコンサルタントに。2011年10月からフリーランスのSEO(Search Engine Optimizer)、2013年7月から株式会社so.laで活動。 そして2019年5月7日に株式会社JADEを設立し副社長に就任。成果を上げ続けるSEOを探究している。
記事公開日:2020年7月4日