全国から中高生の探究作品を募るコンテスト「自由すぎる研究EXPO」。“多様な価値観を称賛する博覧会”を目指してパワーアップした第2回(2023年)は、全国から1,469件もの応募作品が集まり、盛り上がりをみせました。
審査員である称賛団体から贈られる特別賞には、たくさんのユニークな副賞が添えられました。たとえば、福島県を拠点に活躍するクリエイターユニットFRIDAY SCREEN(フライデースクリーン)により用意された「FRIDAY SCREEN賞」では、受賞校に対して特別に独自のワークショップが副賞として贈られました。
「自由すぎる研究EXPO 2023」で見事その賞を射止めたのは、聖心女子学院高等科2年の高須絢子さんら4名が探究した『BALL GIRL’S PROJECT〜テニスボールをサンダルに〜』です。テニスボールの大量廃棄に着目し、サンダルへのリメイクを提案した探究作品です。
この記事では、2024年3月5日(火)に開催された90分間の特別ワークショップをレポート。身近な題材でクリエイティブな発想を楽しんだ、ワークショップ当日の様子をお届けします。
擬音と感覚を結びつけてみる――グラフィックデザイン最初の一歩
3月5日、東京都港区にある聖心女子学院の多目的ホール「デュシェーンホール」に、高等科2年生4名(受賞者)、高等科1年生107名の総勢111名が集まりました。
まず「自由すぎる研究EXPO」運営事務局長の佐瀬より、コンテスト概要や受賞者の紹介がありました。そしてワークショップを主催するFRIDAY SCREENの鈴木孝昭さん、坂内まゆ子さんから、ワークショップの導入としてお二人が日頃取り組まれているグラフィックデザイン、コミュニケーションデザインの考え方や手法について説明いただきました。
今回の特別ワークショップは、FRIDAY SCREENの専門領域の一つである「グラフィックデザイン」の体験です。手元に配られた9枚の白紙、2本の鉛筆のみで、日本語に慣れ親しんでいる人なら気にもとめないくらい日常に溶け込んでいるひらがなの「あ」を、デザインの力で様々な表現にしてみよう、という企画です。
最初は生徒も緊張している様子。坂内さんの進行のもと「おせんべいゲーム」でウォーミングアップをして緊張を解きほぐします。次々と提示される「ぱきっ」「ぽりっ」「ふにっ」「ばりばり」といったおせんべいにまつわる擬音語を、「かたい」と「やわらかい」の軸で整理していきます。ユーモラスなゲームのネーミングと、感覚的にわかりやすい擬音を題材にしているため生徒も取り組みやすかったのか、どんどんと筆が進んでいました。言語と感覚を接続するデザインの一歩目を少しでも体感できたことで、生徒たちの表情が柔らかくなってきました。
さらに、スライドに表示されていく擬音――たとえば「つるん」「がたがた」「どんどん」などを、今度は◯(丸)、△(三角)、□(四角)の3つ図形ごとに振り分けるワークを進めていきます。形のない擬音をどんな図形として捉えるか。右脳的なアプローチが求められるようなワークです。
比較的みんな同じような結果だった「おせんべいゲーム」に比べて、このワークでは個人によって差が見られました。たとえば「がたがた」は、□と△でほぼ二分化するなど、擬音についての感じ方にも一人ひとり違いがあることが明らかになりました。生徒たちがこうした個人差を体感することによって、デザインの基礎となる個性の自覚につながっていくことでしょう。
自由なアイデアで「あ」をデザイン
ウォーミングアップができたところで、いよいよ本日のキーワードである「あ」を題材にしたワークへと発展していきます。
はじめに鈴木さんがテンポよくスライドに映し出したのは、はみ出るほど大きな「あ」、小さな「あ」、ぼやけた「あ」など、個性豊かに表現された「あ」の文字たち。たった一つの文字でも、デザイン次第で全く異なる印象にできることを、生徒たちは身をもって感じているようでした。
その後も、「あ」にまつわるワークはいくつか続きます。たとえば30秒で「あ」をどれだけ太くできるかのワークでは、「どんな方法でもいいからとにかく“あ”を太くしてみよう!」という声かけのもと、自由に手を動かします。「あ」の縁取りを紙いっぱいに広げる生徒もいれば、鉛筆で塗り潰して太くする生徒もおり、一人ひとり様々な工夫が見られました。
また、白紙を「あ」でとにかく埋め尽くそうというユニークなワークも。 たとえば数で勝負しようと、端から端までとにかく「あ」を書き連ねる生徒もいれば、紙いっぱいに書いた大きな「あ」の隙間を埋めていくように小さな「あ」を量産する生徒もいて、ここでも多様なアイデアが飛び出しました。真剣な表情で取り組む生徒たちの目から、「いかに効率よく埋めつくせるか」という課題に対しあらゆる思考を凝らしていることが伝わりました。
休憩をはさんだ後は、ひらがな「あ」のデザインにトライするワークに入っていきます。
内容は「やわらかい」という形容詞を表現する「あ」を描くというもの。これまでの「おせんべいゲーム」や、「あ」の形を元にしたワークで培った感覚を生かして、自分なりに「あ」を表現してみる――。まさにグラフィックデザインといわれる領域です。
これまでのワークでも感じたように、同じ「やわらかい」という形容詞一つとっても表現の仕方は様々。生徒たちは「やわらかい」をどう受け取って、どのように表現するのでしょうか。筆者もわくわくしながら、そして自分ならどんな表現をしようかなどと想像を膨らませながら生徒の手元を見て回ると、その多様さとアイデアの幅の広さに驚きました。
ふわふわとした雲のような形を連結させて「あ」を形作る生徒、ふにゃふにゃとした曲線で「あ」全体を縁取る生徒。さらには鉛筆で薄く塗って、全体的にふんわりとさせた色味でやわらかさを表現する生徒や、塗りつぶした「あ」を指で擦り、全体をぼかしてやわらかい印象を作り上げるテクニックを見せた生徒もいました。
生徒それぞれが自分のアイデアを形にし、「やわらかい」の表現を生み出していました。まさに111通りの「あ」が生まれた瞬間を目の当たりにした思いでした。
その後も「かたい」「うれしい」「かなしい」など、さまざまな形容詞から同じように自分たちなりの「あ」を生み出していきます。描き終えるごとに隣同士の生徒で披露をするのですが、「この文字は素敵だね」「すごい!」「この“あ”、一番好きかも」といった感嘆の声が各所で聞こえ、会場全体が温かい雰囲気に。互いの表現を褒め合いながら、生徒たち、そして一緒に観ていた先生たちまでもが、一人ひとりの表現の違いを楽しんでいるようでした。
様々な感覚や感情についての「あ」を表現するワークは、想像以上の盛り上がりを見せたことから急遽、当初の予定にはなかったお題も用意されました。それは“一人ひとりが渾身のかわいい「あ」をデザインする”というものです。ここまでのワークで色々な工夫や表現の仕方を繰り返し体験してきたことを活かし、真剣に“かわいい”「あ」の表現とはどんなものかという問いに向き合います。
「あ」そのものをかわいらしい小動物に見立てる生徒、かわいいの象徴的なマークであるハート型を使って表現する生徒など、最後まで十人十色な「あ」であふれていました。
鉛筆と白い紙を突然渡され、最初はやや困惑している生徒も見られた今回のワークショップ。FRIDAY SCREENのお二人のもとでワークを進めていくうちに、擬音や感覚・感情など形のないものを自分なりに表現していけるようになり、最終的には、まるで魂が宿ったかのような個性あふれるたくさんの「あ」が誕生しました。
まわりの生徒たちと作品を見せ合いながら行ったことも貴重な機会だったようです。同じお題に対する「あ」の表現も十人十色であったことから、問いに対する答えは必ずしも一つではないこと、また答えの見出し方も一人ひとり異なるということを、生徒たちは体感しました。
デザインにも探究にも、絶対的な正解というものは存在しないからこそ、自分自身で様々な情報を集めたり、実験を繰り返したりしてあらゆるアプローチを試してみることが重要です。時には自分でない第三者の意見を聞いてみると、異なる確度から新しい発見に辿り着けることもあります。
同じテーマに対して、さまざまな角度からアプローチできること。これはデザインだけにとどまらず、今後の課題解決においても大切な考え方になるのではないでしょうか。
アイデアを生み出す力で、自由な探究を楽しもう
最後には筆者も想像できなかったような多様な「あ」があふれる場になっていた今回。このワークショップを通してFRIDAY SCREENのお二人から、「デザインは自由で、どんな場面においても大切なのは想像力」であることを学びました。
同校の探究を担当する先生の一人である永塚康夫先生からも、下記のようなコメントをいただいております。
FRIDAY SCREENのお二人のワークショップに生徒たちは能動的に参加していました。発想力を刺激されたようです。生徒たちは楽しみながらも充実した時間を過ごすことができました。本校では高校3年生で行う探究活動のために高校1年生の時からいろいろな活動を行っています。今日の活動で生徒たちの探究心に火が付いたことと思います。
「自由すぎる研究EXPO」は、中高生のみずみずしいアイデアが称賛される場です。想像力をフル活用して探究する楽しみ、人との違い、多様性。2024年5月末まで作品の応募を受け付けている「自由すぎる研究EXPO 2024」ではどんなアイデアが飛び出すのか、今から楽しみでなりません。中学生や高校生のみなさんのご参加、お待ちしています。
※肩書きや所属などは取材当時のものです。
企画・編集:佐瀬友香(株式会社トモノカイ)
執筆アシスタント:安藤未来