導入
東京都と神奈川県の県境付近、自然と都会が融合する町田市に立地する東京都立成瀬高等学
校。いま、この成瀬高校では、「総合的な探究の時間」を「成瀬BB!プロジェクト」と呼
び、独自の活動を行っています。
「成瀬BB!プロジェクト」の取り組みは、現在4年目(2023年現在)。
立ち上げからあまり時間が経っていないにもかかわらず、今や同校を代表する取り組みの一
つとなっており、その内容に興味をもって入学を志願する生徒もいるといいます。
そこで今回は、同校の探究を担当する4名の「探究研修部」のうち、浅沼善宣先生、宇都
宮裕先生、加納達也先生からお話を伺い、「成瀬BB!プロジェクト」の内容から、現在ま
でに至る経緯や苦難、生徒の変化などにも着目してご紹介します。
生徒に“本物”の活動を――。
「成瀬BB!プロジェクト」の具体的な取り組み内容とは?
今では成瀬高校を代表する取り組みとなった「成瀬BB!プロジェクト」。
その取り組み内容は、同校が掲げる生徒に身につけてほしい「8つの力」に基づき、3年間を通じて設計されています。
まずは1年生のはじめの段階で、丸一日使って、探究についての基礎的な部分を学び、その後本格的にプロジェクトが進んでいきます。
(1年生に配布されるオリジナルの冊子には、「成瀬BB!プロジェクト」の年間のカリキュラムや、探究活動に役立つシンキングツールなどの基礎的な情報が詰まっている)
■ 1年生:「社会とつながる」チームプロジェクト
1年生では、同じテーマを選んだ生徒同士でチームを組み、一年間一緒に取り組む「チームプロジェクト」が行われます。
外部と連携した取り組みが大きな特徴の一つです。
今年度は、地域のサッカーチームである「FC町田ゼルビア」と一緒に地域の課題解決に取り組むものや、「高校生としてルワンダに協力するにはどうしたらいいだろうか」というテーマで、ルワンダ大使館の協力を得ながら取り組むものまで、全部で6つのテーマから選択することができます。
地域から海外にまで、幅広く外部機関と連携しながら取り組むこのチームプロジェクトは生徒たちに「“本物”の活動をさせたい」という宇都宮先生の強い想いから生まれました。
「いわゆる教科書通りの活動は我々教員でもできるが、そうではない社会のリアルな部分は、教員だけでは伝えきれない」。
だからこそ宇都宮先生は、どのチームプロジェクトも必ず外部機関と連携しており、生徒と学校外の大人たちとが関われる仕組みにこだわりました。
「例えば昨年取り組んだ“広告プロジェクト”も面白かったですよ。実在する商品のプロモーションとしてポスター制作をしたのですが、実際にその商品を作っている社員の方々にもプレゼンをして、最終的にはフィードバックももらって。生徒にとってまさに“本物”と触れ合う機会になっていたと思います」。
実際にプロジェクトを進める生徒の姿を見ると「話を聞く姿勢が普段とは全然違う」と、先生方は口をそろえます。
実社会に出て活躍している様々な立場の大人たちと関わりながら取り組む活動そのものには、チームでの協力はもちろん、外部機関の大人たちとの関係性も非常に求められます。そのため、生徒たちも普段の様子とはまた違った緊張感をもって、真剣に取り組めるのでしょう。
こうした生徒の真剣な姿勢には、協力してくれている外部機関からの反応もよく、実際にルワンダ大使までもが成瀬高校に訪問したこともあるなど、年々関係性も強化されています。
「3年間の中でもいわゆる花形になるのが、このチームプロジェクト。一番大変なところでもあるけれど、ここでしっかりと“探究のプロセス”を踏んでいるからこそ、次年度に個人で進めるための力になっています」と、浅沼先生は、1年生のチームプロジェクトの存在意義を感じています。
■ 2年生:「自己とつなげる」マイプロジェクト
1年生と対照的に、2年生から行われるのは個人での探究活動です。
テーマも用意されているものから選ぶのではなく、自分で決定したものを1年間探究していきます。
今年度は、それぞれ担当の先生も取り組み内容も異なる14のゼミに分かれ、似たテーマ同士の生徒が同じゼミに所属して進めています。
このプロジェクトで興味深いのは、ゼミの振り分け方です。
成瀬高校では「#(ハッシュタグ)」を通じて、先生と生徒をマッチングすることでゼミを決定します。まずは先生・生徒の両者に自身の趣味や興味をハッシュタグで表現してもらい、内容を「探究研修部」が確認。先生・生徒同士の組み合わせを考慮しながら、生徒の配属先を決めていくという仕組みです。
今年度の同プロジェクトを担当する加納先生は、ハッシュタグの振り分けによる面白さを次のように語ります。
「多趣味な先生はその分ハッシュタグも多くなるので、生徒と共通する部分が多くなる傾向にあり、似たような分野で固まっていきます。一方で、趣味や興味が限られている先生も中にはいらっしゃいます。そういった先生方には、例えばどこにも当てはまらないハッシュタグを挙げた生徒が集まったりするので、逆にバラエティー豊かなゼミになったりします」。
かつて、成瀬高校のゼミ活動では、例えば「心理学」のように、ある程度テーマや専門性を固定して分けていました。当時の課題感としては、あまりその分野に専門性のない先生でも、担当にならざるを得ない状況が発生してしまうことがありました。そのため、先生方への負担が増えてしまったケースもあったといいます。
加納先生はそうした背景から「なるべく先生自身にも興味をもって取り組めるようにしたい」と考えるようになりました。
「先生方に動いてもらうことが実は一番難しいことであり、また一番大事なことでもあると個人的には思っていて。その意味では、先生方がちょっとでも興味をもてることであれば、多少なりとも先生自身のモチベーションも上がるのではないかと考え、現在の体制を取り入れました」。
なお、ハッシュタグを用いた分け方は、元々はある学校で実際に成功したアイデアを参考にしたとのこと。成瀬高校のように、様々な事例を収集したうえで、自分の学校に合いそうな方法を取り入れると、課題の解決に役立つきっかけになることがあるといえます。
また、学校全体の先生がゼミを受け持っていることもポイントの一つ。
ゼミの名前も、担当する先生の名前がそのまま付くため、先生自身も責任をもって取り組みます。
探究担当の先生と、そうではない先生方との温度差も課題の一つであったといいますが、このようなゼミ体制を整えることによって、学校全体を巻き込み、全員が探究に関わる仕組みを作りあげることに成功しました。
それぞれのゼミに分かれたあとは、基本的に個人で進めていくため、テーマも進め方も十人十色。外部と協力しながらチームで探究に取り組んできた経験があるからこそ、1人になっても、自身の決めたテーマにまっすぐ打ち込むことができます。
先生自身も興味のあることや専門的な知識を持っているジャンルであるため、生徒と一緒に楽しみながらプロジェクトに取り組んでいます。
■ 3年生:「未来へつなぐ」フューチャープロジェクト
高校生活最後の1年間は、一人ひとりが論文の完成に向けて活動します。
3年間を通じて取り組んできた「成瀬BB!プロジェクト」の集大成として、2年生の際に行った個人の探究テーマをさらに突き詰め、論文を完成させていきます。
総合型選抜などをはじめとする進路との接続も含め、探究が生徒たちの卒業のその先へとつながっていくようなプロジェクトとなっています。
3年間を総じて、それぞれのプロジェクトに共通するのは、「生徒が主体となって進めていく」ということ。
自分たちで動かないと物事が進まないからこそ、自然と生徒たちが主体性をもって取り組みます。
「成瀬BB!プロジェクト」の名前にも、先生たちの熱い想いが込められています。
『BB』は、「Be a Bumblebee!(マルハナバチになれ!)」からとったものです。
マルハナバチとは、その体のつくりから、理論上では飛ぶことが不可能とされてきたハチですが、実際には華麗に飛び回っていることで知られています。このことから、「自分で自分に限界を作ってしまうと、できることもできなくなってしまう」ことの例えに用いられます。
転じて「成瀬BB!プロジェクト」の名前には「これから始まる『総合的な探究の時間』でも、生徒たちが自分の可能性に勝手に限界を作らず、失敗することを恐れずに探究活動にチャレンジしてほしい」という先生たちの想いや願いが込められています。
広報部の先生方による尽力もあって生まれたという「成瀬BB!プロジェクト」のイメージキャラクターは、校外へのアピールにつながっただけでなく、校内における探究活動の推進や浸透をも後押しました。
今でも生徒たちがキャラクターのイラストを描いたり、季節に応じたポスターを作ったりしている姿から、先生たちの想いが生徒たちへしっかり伝播していることがよくわかります。
反対意見や批判を乗り越え、今では学校を代表する取り組みに。「探究の在り方そのもの」を探究し続けている先生方の姿と、生徒の変化に注目。
かつては「“特徴がないこと”が特徴」と認識されることもあったという成瀬高校。
今では「面白い探究活動をしている学校」として一目を置かれる存在にまでなりました。
このように学校全体の変化にまで影響した「成瀬BB!プロジェクト」ですが、現在の姿になるまでの道のりはそう簡単なものではありませんでした。
着任当初より成瀬高校の探究を推進していた浅沼先生は「正直なところ、先生からも生徒からも批判が続出していましたよ」と、立ち上げ当時のことを語ります。
「はじめてやった探究の成果発表会は、欠席続出。1年間を終えた後に必ずアンケートをとっているのですが、生徒たちからの探究活動に対する評価はどれも酷評ばかりでした」。
一方、「総合的な探究の時間」の必修化への風潮もあり、探究的な取り組みの必要性を感じた当時の校長が「探究研修部」としてチームを組成。これにより、まずは探究に関わる先生方の体制から整えていきました。
浅沼先生を中心に、メンバーは入れ替わりを重ねながら探究活動について考えていく日々。
現在4名で構成されている「探究研修部」の先生たちは、他校の事例も取り入れながら積極的にプロジェクトの土台を固めていきました。
最近では、「アンケートをとると生徒たちから“楽しい!”という声が目立ってきた」と宇都宮先生は嬉しそうに語ります。
「“成瀬BB!プロジェクト”がやりたかったから入学した、なんて声も聞こえるようになってきました」というように、今では志望理由の一つにもなるほど、成瀬高校を代表する取り組みにまで成長しました。
生徒が行う探究のテーマ設定にも、少しずつ変化が表れているといいます。
「はじめのうちは、テーマもよく見るようなものだったり、いわゆる調べ学習で終わってしまいそうなものだったりしたものが、最近ではタイトルから思わず興味を惹くようなものが非常に増えていて……。正直なところ、昨年の成果発表時には感動してしまいました」と、浅沼先生も驚きを隠せない様子で目に見える変化を語っています。
今年で4年目を迎えた「成瀬BB!プロジェクト」。
先生方は取り組みを都度振り返りながら、「次はもっとこうしよう」「こんなこともやってみたらどうか」と、日々議論や工夫を重ねています。
そこにはまさに、成瀬高校の“探究の在り方そのもの”を探究し続けている先生方の姿がありました。
一方で、成瀬高校の「チームプロジェクト」のように国際機関まで含めた様々な外部機関と連携している学校は、特に公立高校ではなかなか珍しいと思われる方もいらっしゃるでしょう。
むしろ「学校外の大人たちとどのように交流の機会をとればよいのか」と課題感を感じる先生方も少なくありません。
では、成瀬高校ではどのように外部とつながっていったのでしょうか。
宇都宮先生は「もちろん、はじめはツテも何もなかった」と回顧したうえで「とにかく“当たって砕けろ!”精神でゼロからつながりを作っていった」と述べます。
「断られてしまうかもしれないけど、それでもいいじゃん!と思っていて。生徒に良い経験をしてもらえるならばと、どんどん声をかけていきました」。
はじめのうちは、他の先生方からは反対する声もあったといいますが、実際に新たなつながりを創出していく宇都宮先生の行動をみて、徐々にそうした声は聞こえなくなっていきました。
浅沼先生は「外部の方に”また成瀬高校と一緒にやりたい”と思ってもらえるような関係性を築いていきたい」と、今後の展望を語ります。
ただ一緒に取り組んで終わりではなく、次へのつながりも含めてよりよいプロジェクトになるよう、成瀬高校では今日も工夫を重ねています。
総括
今回は、成瀬高校で行われている「成瀬BB!プロジェクト」に着目してきました。先生たちの想いが詰まったカリキュラムを通じて、生徒たちの変化もよくわかりました。
ただ一点、浅沼先生が意識していることは「公立校の宿命として、異動がある」ということ。
ここまで築き上げた独自の取り組みも、メンバーが変わることによってリセットになってしまうのは非常にもったいないことです。
だからこそ、3人の先生方が共通して目指しているのは、恒久的な体制としての「成瀬BB!プロジェクト」を作り上げることです。
「できれば同じものを恒久的に使うなかで、後任の先生たちで少しずつブラッシュアップしていけるような体制を整えていくと、次を担う先生もやりやすいだろうなと考えています」と、浅沼先生。
異動があることは現状、公立校である以上は避けては通れないことです。
だからこそ、その現実を悲観するのではなく、むしろ後々の未来に目を向けて行動しているという姿勢が、他の学校の先生方にも参考になる点だと感じます。
また、最後に浅沼先生は、これから探究を推進していく先生方に向けて次のように話します。
「探究を推進していく組織が、“柔軟な考えと、それを生かしていけるような体制”であれば、探究がどんどん盛り上がっていく。それは間違いないと思っています」。
「探究研修部」の先生一人ひとりが、これまでの常識にとらわれない柔軟な考えを実践に移し続けたことで、現在の「成瀬BB!プロジェクト」を形作ってきました。こうした行動の積み重ねが実際に良い変化として表れていることからも、浅沼先生の考え方には説得力があります。
この記事を読まれる方には、学校で探究を推進する中心的な役割を担っている先生方も多くいらっしゃることでしょう。
今回ご紹介した成瀬高校の事例は、公立・私立を問わず役に立つかと思いますので、ぜひ参考にしてみてはいかがでしょうか。
執筆:佐瀬友香(株式会社トモノカイ)