生徒の主体性を育む探究的な活動。そのヒントは「地域の力」と「挑戦する機会」?

★こんな先生方にオススメ★

  • 探究的な取り組みを通じて、生徒の主体性を育みたいと考えている
  • 「総合的な探究の時間」に限らず、学校全体で探究的な活動に力を入れていきたい
  • 地域と連携した探究に興味がある

創立120周年という歴史を持つ兵庫県立伊丹高等学校は、関西の空の玄関口、大阪国際空港(伊丹空港)の近くに位置する公立高校です。校舎のすぐ裏には自衛隊の基地があるというのも特徴的な同校では、学校独自の特色を存分に生かした探究活動が盛んです。

本記事では、同校での探究をリードする松浦雅代先生にお話を伺い、「県高SAKURAproject-X(クロス)」などをはじめとする学校独自の探究実践事例について、伺いました。

また、同校の生徒会長を務め、日々様々な探究活動に取り組む福崎馨心さん(3年生)にもお話を伺うことができたので、生徒からみた探究という視点も併せてご紹介します。

もともとは自作教材を使用していた学校が市販の探究教材を導入した理由と、その結果とは?

伊丹高校では、『一生使える探究のコツ 入門編』と『探究×SDGs “地域の課題”解決のコツ』(以下、『探究×SDGs』)の2冊が導入されており、特に1年生の「総合的な探究の時間」における年間のカリキュラムは、『探究×SDGs』をベースに組み立てられています。


伊丹高校で導入されている教材
左:『一生使える探究のコツ 入門編』 右:『探究×SDGs “地域の課題”解決のコツ』

しかし、もともとは同校独自の教材を制作して、探究の授業を進めていたといいます。
では、なぜトモノカイの探究教材が導入されるようになったのでしょうか。

松浦先生は、「学校独自の教材を制作するのは負担も大きく、どうしても時間がかかってしまい、生徒の活動に目を向けるための時間も十分に取れなかった」と、当時の問題を語ります。

伊丹高校の探究をリードする松浦雅代先生。
2022年春に行った「地域探究サミット2022」には、登壇者として同校の取り組みを紹介してくれた

教材を自作することは、学校それぞれの目標や目的に沿った探究の授業を展開しやすい反面、先生の負担が非常に重くなります。時間がかかることはもちろんですが、指導をしながら教材を制作していくこと自体容易ではありません。

そこで導入されたのが『探究×SDGs』だったそうです。

本教材は、地域課題の解決に重点を置いているので、地域をテーマにした探究的な学びにとても役立ちます。のちにも触れますが、伊丹高校では地域と連携した探究的な取り組みが盛んなため、同校の目的にも合致していました。

こうした教材を導入した結果、時間に余裕ができただけでなく、「一年間の流れが見通せるので、目指す目標や行う活動の目的への共通認識を先生同士で持つことができるようになった」と言う松浦先生。

探究教材という基軸が先生方の負担削減につながっただけでなく、先生同士の意識合わせにも役立ったという意味では、市販教材導入の成功事例といえます。

地域探究はまず身の回りから始めることで、自分事化できる探究を

5本柱の探究活動の共通点は「地域の力」のフル活用

伊丹高校では、「県高SAKURAproject-X(クロス)」という独自の教育活動を実践しています。

伊丹高校の学校案内パンフレットから引用


「探究活動」「理数活動」「国際活動」「ことば文化活動」「自主活動」の5本柱で構成されており、それぞれが探究と結びついています。

そして、本取り組みの大きな特徴の一つとしては、地域との連携が挙げられます。

例えば、「探究活動」の中で行われる課題研究は伊丹市との連携があります。これは、のちに触れる「伊丹講座」にも関連する部分です。

また、「ことば文化活動」における演劇の項目では、市立劇場との連携があります。これは、演劇が盛んという伊丹市の特色をうまく活用した活動で、プロによる指導を受け、自分たちで演劇を作り上げ、演じる取り組みが行われています。

他にも、近くに位置する自衛隊との連携や、地元で働く卒業生とのつながりなどを生かした探究活動が行われていることから、ありとあらゆる「地域の力」がフル活用されていることが分かります。

「地域と連携した探究に取り組みたい」というお悩みは、よく伺います。

伊丹高校ではどのようにして現在のような探究を創り上げたのでしょうか。

松浦先生は「(県立伊丹高校の探究は)身の回りの地域→日本→世界のように、まずは自分の身の回りに近い部分から始めてから、徐々に範囲を広げていくことを意識している」としたうえで、現在の形に至るまでの経緯についても教えてくれました。

松浦先生は、どんな問いにも明るく答える姿が印象的

「実はもともとの探究では、広いところから狭めていくような、今と逆の流れになっていました。結果、テーマがどうしても壮大になってしまい、自分事化とは遠く、どこか他人事な探究になってしまったのです。これでは、スクールポリシー[1]にも合致しません。そうではなく、生徒自身の行動につながる、自分事化された探究を展開していきたいと思い、方針を転換したのです」。

加えて松浦先生は、このような探究方針の転換にあたり、全職員に対して「今の探究で何が問題か」「今後、探究の時間をどうしていきたいか」といったヒアリングを行ったと言います。

初めから今のような形が整っていたのではなく、学校全体を巻き込みながら、そして常により良い方向を模索しながら、現在の伊丹高校らしい探究が創り上げられていたのです。

まずは実践していく中で問題点や改善点を洗い出し、見直していく。そしてまた実践し、改善していく。生徒だけでなく先生自身も、探究の取り組みそのものを探究し続けていくことが重要といえますね。

「伊丹講座」で、地域の課題発見から解決まで実践!

伊丹高校の探究的な取り組みの中でも特に印象的なのは、1年生の約1年間をかけて行われる「伊丹市探究」です。これは、同校が位置する伊丹市をテーマにした地域探究の取り組みで、『探究×SDGs』のSTEPに紐づいて行われています。

全体的な流れとしては大まかに下図のようになっています。

図:松浦先生のお話を基に編集部で作成

1学期のうちは、「自分地探究」が行われます。これは、生徒自身が住む地域に焦点を当てた探究の取り組みで、提示されたテーマについて、情報収集から課題発見までのサイクルを回します。2学期から本格的に始まる「伊丹市探究」に向け、まずは探究のサイクルを実感しながら学ぶ段階といえます。

1学期と2学期の間にあるのは「伊丹講座」です。各講座は、SDGsに沿った「経済」「環境」「社会・文化」を主軸に構成されており、生徒が希望する講座を選択して受講する仕組みになっています。今年度は7講座が設置されたこの「伊丹講座」には、自治体職員や企業など伊丹市のさまざまな分野で活躍する方々が講師として招かれ、生徒が伊丹市に関する基礎情報を知り、魅力を学ぶ場になっています。

「総合的な探究の時間」に関連する資料を多く用意し、伊丹高校での探究について丁寧に説明してくれた

いよいよ2学期に始まる「伊丹市探究」は、『探究×SDGs』におけるWW型問題解決モデルのプロセスをベースに進める、グループでの地域探究です。特に情報収集の段階では、フィールドワークなど実地での学びも含め、時間をかけて行われます。こうして生徒たちが発見した地域の課題に対して、それぞれのグループが解決策を提案し、最後に「探究フォーラム」で学校全体に発表するところまでを行うことで、探究のプロセスを一周ぐるりと回す形になっています。

ただ単に探究のプロセスを回したりするのではなく、まずは基本のサイクルを学びながら丁寧に時間をかけ、一つのゴールまでたどり着く。こうした伊丹高校の取り組みは、探究におけるカリキュラム設定にも参考となるのではないでしょうか。

生徒の主体性を育むのは、日常から与える“チャンス”

前段で触れた「探究フォーラム」は伊丹高校における探究発表の場ですが、昨年度においては、同校の生徒会が企画から運営までの全てを担当したとのことです。先生からの指示によってではなく、生徒たち自らが「探究フォーラム」について考え、自分たちなりの答えを導き出し、イベントを成功へとつなげました。

同校の一大イベントでもあるこの「探究フォーラム」を生徒に任せることは、かなり勇気のいる決断に思えます。それでも実行したのは、松浦先生をはじめ、同校全体が生徒に「チャンスを与える」ことを重要視しているからです。

「挑戦できるチャンスを与えると、『私たちに任されたんだ!』という気持ちから、生徒は頑張ります。色々な情報を集めつつ、ヒントを探って、なんとか自分たちでやり遂げようと全力を尽くすんですよね。コロナ禍で密集を避けるため、プログラミングを使って人の流れを予測したり、生徒同士で話し合って全校生向けの説明動画を作ってきたり・・・生徒自らが企画立案し実行する様子には私も驚きました」。

また、生徒に何かを任せるときには「生徒が工夫できる余地を残しておく」ことも意識しているという松浦先生。

「探究フォーラム」を任せた際も、生徒に渡したのは、職員会議で使ったA4で1枚の説明資料のみ。その中身も、イベント自体の概要くらいしか記載されていません。

規定がないからこそ、生徒が自分自身の考えで工夫を凝らすことができるのですね。

<生徒からの声:実際に「探究フォーラム」の企画・運営を行った生徒会長の福崎馨心さんより>

福崎馨心さんは、生徒会長として、この「探究フォーラム」の企画・運営を進めた中心人物です。

以下は、『「探究フォーラム」の成功』という一つの課題について、福崎さん自らが考えて実践したことの一例です。


■ 当日の進行に問題が起きないよう、自ら会の流れを整理し、式次第を作成
■ 運営担当メンバーそれぞれの役割分担や動きを、明確に整理し共有
■ クラスごとの認識の差が生まれないよう、共通の説明用動画を作成し、情報のばらつきを抑制
■ プログラミングの技術を用いて、約600名の生徒の行動を制御(この探究成果は、「自由すぎる研究グランプリ」にも応募してくれています!)
などなど……


これらは全て、誰かからの指示で行動したものではありません。福崎さんが、生徒会のメンバーとも議論しながら、実践したものです。
普段から生徒に挑戦できる機会を与えてきたからこそ、同校の生徒は、今回のような答えのない問いに対しても、これほどまでに主体性をもって取り組むことができるのではないでしょうか。

生徒会長を務めた、現在3年生の福崎馨心さん。
生徒会だけでなくフォークソング部の部長、ことば文化活動の演劇の脚本制作など、マルチに活躍している

「探究フォーラム」の運営を振り返る際、「今までで一番楽しかった」と教えてくれた福崎さん。今回の取り組みの結果、自身がもつ探究への意識にも少し変化が起きたようです。

「これまでは探究と聞くと、どうしても大学機関などでの研究を想像してしまって、どこか難しそうなものと感じていたんです。しかし、実はそうでなく、今回のような取り組み自体がそもそも探究であるということに気づきました。例えば部活でも勉強でも、自分の課題に対してどうアプローチするのかというのは、みんな当たり前にやっているものだと思いますが、それこそ探究だと思います。だから、探究は決して難しいものではなく、もっと身近に存在するものなんだと、今は感じています」。

トモノカイの質問に対し、的確に答える福崎さん。その内容も、論理的でとても分かりやすい

福崎さんの発見には、私たち大人にとっても気づかされることがあります。
これから探究を推進していく先生方も、日常の中にある探究に目を向けてみることで、新しい気づきがあるかもしれません。

総括

今回は、兵庫県立伊丹高等学校で探究をリードする松浦先生、そして生徒会長として日頃から探究を行う福崎馨心さんからお話を伺い、探究のヒントを探ってまいりました。

話を伺う中で、同校における探究学習が現在の形に至るまでには、先生が日々試行錯誤を繰り返し、常に問題を洗い出して、改善してきたことも分かりました。

また、「地域の力」を色々な場面で活用することで、多様な探究活動を展開できることや、生徒に挑戦する「チャンスを与える」ことが、彼らの主体性を育むことにつながるということも分かりました。

これから探究学習を推進していく先生方にとっても、地域と連携した探究に取り組みたいと考える先生方にとっても、非常に参考になる発見が多くあった伊丹高校の事例。ぜひ参考にしてみてはいかがでしょうか。
※掲載内容は取材時点(2022年6月)のものです。

今回の取材では、松浦先生と福崎さんの信頼関係も垣間見ることができた

今後も、探究的な学習においてお悩みの先生方のお役に立てるよう、様々な角度から取材を行い、事例を紹介して参ります。

<兵庫県立伊丹高等学校にご導入いただいている教材>

『一生使える探究のコツ 入門編』

トモノカイの探究教材『一生使える探究のコツ』シリーズご紹介ページはこちら

『探究×SDGs “地域の課題”解決のコツ』

『探究×SDGs “地域の課題”解決のコツ』ご紹介ページはこちら

[1]県立伊丹高校のスクールポリシーである育成を目指す人物:グローカルリーダー( 世界や地域の課題を自分の課題とし、解決に向けて探究するとともに仲間と活動できる人物)の育成。


>>>これまでの事例取材記事はこちらよりご覧いただけます!<<<


(執筆:佐瀬友香/トモノカイ)

関連記事