★こんな先生方にオススメ★
・探究的に考える力を生徒が身につけられる探究学習の取り組みが知りたい方
・中学生のうちから本格的に探究学習に力を入れたい先生方
・探究学習における先生の在り方についてヒントを得たい先生方
東京都北区にある聖学院中学校・高等学校では、探究的な学習が段階的に行われています。
これには、中高の6年間を通して各学年に設定された「状態目標」をもとに、緻密に練られたカリキュラムの存在が大きく関係しています。
中学一年生から始まる探究的な学習は、課外での活動だけでなく日常にも組み込まれており、最終的には高校二年生で、それぞれ明確に自分の意志が通った志望理由書を書けるようになります。
さらにタイやカンボジアでの研修旅行に訪れた生徒は、中学生・高校生に関係なく、“研修旅行レポート”として各々の課題を論文にしてまとめます。
志望理由書も研修旅行レポートも、生徒が探究を通じて自分の人生と向き合った結果です。これらがしっかりと書けるというのは、まさに“探究力”と呼べるような力が身についていることの証と言えるでしょう。
しかし、なぜここまで“探究力”が身につくのでしょうか。
そんな疑問を持った私たちは聖学院へ取材を行い、同校の探究的な学習をリードしている伊藤豊先生に話を伺うことにしました。
探究教材を中学一年生から導入! そのきっかけと効果は?
実は聖学院中学校では、トモノカイの探究教材『一生使える探究のコツ 思考の手引き~整理・分析編~』が、中学一年生の国語科授業内にて取り入れられています。
本教材は高校から導入されることが多いので、中学一年生から導入するのは比較的早い段階での取り組みだといえます。
では探究の教材を、早い段階で取り入れたきっかけは何だったのでしょうか。
伊藤先生は、生徒たちの自由研究の成果物を見ていく中で「もっとアウトプットの質をあげたい」と思ったからと答えます。
聖学院中学校では、3年間で一年ごとに異なる自由研究を行っています。行った研究は生徒それぞれがクラスで発表するほか、優秀な研究に対しては代表として学校全体での発表も行います。
さらに、自由研究が「Advanced Class」編成の評価項目にもなっていることから、かなり本格的に自由研究に力を入れていることがうかがえます。そんな自由研究の一年目において教材を導入したのは、より高度なレベルの成果物を期待してのことだといいます。
また、もともと伊藤先生が探究に興味があったことも大きな後押しとなっています。
興味をもったらまず試してみる、というのは探究的な活動を現状より一歩進めるコツかもしれません。
さて、気になる生徒からの反応はというと、「楽しい!」という声が多いとのことです。
探究的な学習においては特に、楽しみながら学べることは非常に重要な点です。その楽しさに気づくことに、早すぎるということは決してありません。
まずは楽しみながら探究的な学習を進め、徐々にステップアップしていくことで、難しいことにも立ち向かうことができるようになるからです。
実際に早い段階から探究的な学習を行った効果は、特に研修旅行レポートや高校二年生における志望理由書にも現れています。それらを書くころには生徒たち自身に探究のクセがついているので、課題意識は明確に論述でき、また進路にも迷いなく自分の意志を反映できるようになっています。
保護者のなかには進路と探究の関連性が感じられず、探究に注力することを不安に思ってしまう方もいると聞きますが、現実はそうではありません。
むしろ“探究力”があるからこそ子どもたちが自分で将来を考えることができ、結果として意志のある進路を決めることができるようになるのです。
“宿泊行事”が出来ない! コロナ禍をチャンスに変えた取り組みとは?
聖学院における探究的な学習のなかで重要な活動といえるのが宿泊行事です。
具体的には、中学二年生での夏期学校・蝶ケ岳登山、三年生での糸魚川農村体験学習、高校一年生でのソーシャルデザインキャンプ、二年生での沖縄平和学習の旅があります。また希望者は、タイやカンボジアでの研修旅行にも参加することができます。
これらが段階的な「状態目標」に沿ってカリキュラムの一部として準備されており、生徒にとっては“探究力”を定着させるきっかけとして重要な意味を持っているのです。
これらの宿泊行事は、ただの課外活動でなく、それぞれに課題意識をもって取り組める内容になっています。
例えば高校一年生のソーシャルデザインキャンプでは、事前学習として神奈川県の真鶴町や静岡県の三島市などに赴き、5つのテーマから自分の関心のあるものを選びます。
また高校二年生の沖縄平和学習の旅も、ただ資料館などに行くのではなく、現地の人々にインタビューを行うことで、現実をより深く知り考えさせる工夫をしています。
生徒たちが自ら課題意識をもち、考えて行動した結果としての事例もあります。
実際に糸魚川での農村体験学習をうけ、市場には出せない規格外の野菜に目を付けた生徒が、それらを自ら安く買い取り、近くの幼稚園といった施設に売るという取り組みを行いました。
普段の授業で培われた“考えるクセ”がついているからこそ、実際の課外活動をうけて自分で行動にうつすことができるのです。
しかし、新型コロナウイルスの影響によって状況は一変しました。
多くの学校では林間学校や修学旅行など、宿泊行事を中止せざるを得なくなった上、慣れないオンライン授業などへの対応に追われたのは記憶に新しいでしょう。
聖学院も、そのうちの一校でした。6年間の状態目標に準じて緻密に設計された国内の宿泊行事はもちろん、海外にも行くことができないため、タイやカンボジアでの研修旅行も諦めざるを得ません。
そんな逆境の中で、果たしてどのように探究的な活動を続けたのでしょうか。
ここで聖学院がまず目を付けたのは、コロナ禍で家にいる時間が増えたことにより生まれた「自由な時間」です。
この時間をいかに活用するかという観点で始まったのが、「“問い”を軸にした動画作成・課題発信」でした。きっかけは遠隔授業に知見のある教員からの提案だったとのこと。これには教職員全体が合意し、動画制作が始まりました。
動画の内容は生徒たちが興味をかき立てられるようなものになっており、その数は1,200本に達しています。いずれも集中力の持続時間を考慮して15~20分になっているほか、生徒たちが好きな時間に見られるよう、オンデマンドでの配信となっているのもポイントです。
そして動画内での“問い”をもって、生徒たちは考えを論述し、成果物を提出します。
この過程の中で自らの“問い”を洞察していくうちに、生徒たちには段々と“探究力”が身についていくのです。
コロナ禍において宿泊行事に影響はでたものの、聖学院ではこのような新しい手法をもって、探究的な活動を続けたのでした。
また「一人一台デバイス」を一気に進めたこともあり、動画配信の授業は効果的に実施できたといいます。これも、コロナ禍をきっかけにした取り組みです。
近年、文部科学省からのGIGAスクール構想により、生徒一人につき一台の端末を与えることが推進されていますが、全国的な拡充にはほど遠い現状があります。
このような状況の中で、まさに構想に沿った取り組みを行えているだけでなく、積極的に活用しているという聖学院の事例は、他の学校においても参考にできる点が多いのではないでしょうか。
GIGAスクール構想による 1人1台端末環境の実現等について(文部科学省資料)
さらに、聖学院のコロナ禍でのチャレンジは宿泊行事も変えています。例えば中学二年生での夏期学校においては、従来テント泊であったものを、感染拡大への考慮から広めの山小屋泊に変更して行い、また高校二年生における沖縄平和学習の旅は、オンラインで現地の方と繋ぎ、ワークショップを開催したとのことでした。
聖学院は社会の様々な状況に応じて日々変化しながら、段階を踏んだ探究的な活動を継続しているのです。
なぜここまで“探究力”が身につくのか?
今回の取材を通して、聖学院の探究的な活動および学習に対する強い意識や、取り組みの徹底ぶりが改めて確認できました。
また、迷いなく書かれる志望理由書や、自らの課題を探究してまとめた論文が集った報告書からも、聖学院の生徒たちの“探究力”が着実に身についていることがわかります。
ではなぜここまで、生徒に“探究力”が身につくのでしょうか。
筆者がインタビューを通じて気づいた理由は大きく三つです。
まず一つ目は、“探究力”の“段階的”な育成です。
本記事内でも特に目立っているのは、いきなり発展的なことをさせるのではなく、学年ごとにコツコツと力を付けていくような姿勢です。
中学一年生からの教材導入、6年間の状態目標に沿った探究的な学習などからもわかるように徐々に、しかし着実に力がつくようにカリキュラムが設計されています。いわゆる“筋トレ”の考え方と同じで、聖学院における取り組みはまさに探究におけるトレーニングとなっています。
二つ目は、教科書的な学びだけにとどめず、日常にも探究を活かせるような工夫です。
聖学院での事例としては、人へ伝わりやすい伝え方を教科書から学んだ上で、「その伝え方を用いて実際にケーキ屋さんで注文する」という日常生活へ置き換えたことがあります。
探究の授業として教材を扱うと、それだけで学べた気になってしまいがちですが、そこでは終わらせない工夫がまさしくポイントと言えるでしょう。伊藤先生も「日常生活へと転ずることが大切」と語っておられましたが、ただ教材を取り入れるだけで終わってしまっては、生徒たちに“探究力”は身につきません。いかに生徒たちの生活に活かせるかが大切なのです。
三つ目は、生徒と伴走する教師の姿勢です。
探究的な学習について経験が少ない先生は「生徒を指導しなくては!」と思いがちです。しかし実際はそうではなく、どちらかというと生徒と“ともに”走るようなイメージで行うことがポイントです。
研修旅行レポートの作成プロセスをとっても、教師側の伴走する姿勢がわかります(下図参照)。
事前合宿では特に「空気を読んで、するべき行動を控えてしまうようでは海外では全然通用しない」という観点から、参加者同士の関係性作りを非常に大事にしているとのことです。
また現地では、生徒が現地の子どもたちと積極的に関わっていけるための仕掛けとしてPBL1)の手法を導入しているとのことでした。
聖学院では様々な授業の中でPBLが取り入れられていますが、この手法が研修旅行にも導入されているのです。
そして生徒たちは旅の楽しい記憶を原動力に、レポート作成を乗り越えていきます。これらを最終的に一冊の本に集めたものが、冒頭に紹介したような“研修旅行レポート”となるのです。
内容は非常に読み応えがあり、中高生が書いたとは思えないほどのレベル。その背景には日頃の探究的な学習に加え、まさに教師側が“ともに”走り、支えていることがあるといえます。
またこうした生徒に伴走する姿勢は、伊藤先生を中心に他の先生方にも伝播して、学校全体における探究的な学習の底上げにつながっています。教師が生徒と伴走するだけでなく、教師同士も“ともに”走っていくようなイメージが大切なのかもしれません。
1)PBLとはProject Based Learningのことで、自分たちの力で課題の解決に取り組み、議論と探究を重ねる学習方法です。
◇ ◇ ◇
聖学院中学校・高等学校の生徒たちにここまで“探究力”がつくのには、大きく以上のような理由があるといえます。
しかし、いずれにも共通しているのは“段階的”であることです。
“探究力”は急に身につく力ではないからこそ、それぞれの学年に合わせたカリキュラムや活動を通して、一歩一歩着実にステップアップさせる意識が重要です。
また、教材を取り入れるだけでなく、それをさらに日常に活用して、生徒のものにさせる工夫も非常に重要です。
探究的な活動や学習においてお悩みの方は、ぜひ焦らず、“段階的”に取り組むことを意識してみてはいかがでしょうか。
>>>これまでの事例取材記事はこちらよりご覧いただけます!<<<
(執筆:佐瀬友香/トモノカイ)