静岡県立掛川西高等学校は、静岡県西部の掛川市に位置し、2020年に創立120周年を迎えた伝統校です。普通科と理数科の2学科が設置されており、春夏あわせて甲子園出場9回を誇る野球部をはじめ部活動も盛んに行われています。同校では、総合的な探究の時間を「クリエィティブタイム(CT)」と名付け、地元の行政機関や企業等と連携し、探究活動に取り組んでいます。
本記事では、探究を担当する研修課長の髙瀬智先生、1年生担当の堤大河先生、神村健吾先生の御三方に、外部との連携がもたらす効果、3年間を通しての活動の流れ、生徒たちの自由な活動を支える上での工夫などについてお話を伺いました。
本記事でお話を伺った先生
髙瀬 智先生(研修課長)
堤 大河先生(1年生の探究担当)
神村 健吾先生(1年生の探究担当)
外部との連携がもたらす大きな効果
掛川西高等学校が展開する探究活動は、自治体や企業とのコラボレーションも盛んで、地元の新聞にも頻繁に取り上げられています。
ユニークなのは、探究を行うにあたって必ず企業や大学など学校外の団体との連携が求められる点です。
1年生・2年生ともに、夏休みには、民間企業や団体にインタビューを行う「フィールドワーク」を実施します。このフィールドワークでは、地域で活躍されている方々に実際に会って話を聞いたり、職場で実際に課題に向き合い解決に取り組んでいる人の生の声を聞き、探究活動の参考とするために行われています。1年生は、学校側で用意した企業を訪問。2年生では、生徒たちが選んだ分野の企業・団体に、自らアプローチし、インタビューを行います。
なかには、Zoomを活用して県外の企業や大学などをフィールドワーク先に選ぶグループもあるそうです。
髙瀬先生は「外部と連携することで、今まで見えなかった世界が見えたり、今までにはなかった視点が見つかったりする効果があります。生徒だけでなく、我々教員にとってもそうです。生徒からも、すごく刺激を受けたとか、世界が変わったという感想を聞くので、学校内だけに納まらない探究という点を重視しています」と話します。
生徒たちに戸惑いはないのでしょうか。髙瀬先生は「1年生のときにフィールドワークを経験することで、その経験を基に、2年生ではパワーを発揮し、自ら外部とつながりにいくことができるようです。実は、以前は2年生についても学校側でフィールドワーク先を用意していたのですが、自由に任せてみたら意外とできることが分かりました」と笑います。
1年生は掛川市の地域課題に取り組む
1年生の探究は、地域の課題がテーマです。「最初から大きすぎるテーマを設定すると、“自分ごと”として考えるのが難しいので、まずは、身近な地域についての課題を設定しています」(髙瀬先生)
1年生は、地元掛川市の総合計画に基づいた①グローバル(国際)②文化・芸術・教育③健康・福祉④環境・防災・都市づくり⑤農業・林業⑥産業振興⑦観光・シティプロモーションーの7つのグループに分かれ、掛川市に関する課題について高校生なりに解決できないか考えます。夏休みは地元の企業などにフィールドワークに出て、2学期から問いを立てるという流れです。
「序盤の段階で市役所の方に、掛川市が抱えている課題について講演していただいたり、フィールドワーク先の企業にも、現場で課題だと感じていることを教えてほしいと事前にお願いしています。そこから生徒が課題や問いを作っていくという形に誘導しています」(髙瀬先生)
1年生のフィールドワークの具体例もお聞きしました。
「あるグループでは、外国人向けに掛川城のトイレの看板に英語表記をしたデザイン提案を行いました。
フィールドワークで生徒たちが市内の企業を訪問する中で、掛川市には外国人観光客が少ないということや、そもそも看板等における外国語表記が少ないということを聞いたそうです。
そこで、生徒たちは掛川市は外国人の受け入れ体制が整っていないのではないかと感じ、言語表記を直すか考えたとのことです。
そして、学校の目の前にある掛川城のトイレの看板に注目して、改定案を考えたとのことです。」(髙瀬先生)
生徒たちが提案した看板のデザインは、「Ladies」と英語表記を追加しただけでなく、世界共通のピクトグラムを使用しました。さらに掛川城という歴史的建造物であることも加味し、既存の「婦人」の文字は残し、生徒たちなりのこだわりが見られるデザインになりました。
こうした生徒からの提案を受けて、掛川市からどのようなフィードバックがあったのでしょうか。
「生徒からの報告によると、掛川市役所のご担当の方から、今と昔の良いところを両方取り入れているのが良いと評価していただけたそうです。今後、実際に看板の修正を行う際には、生徒の案に加えて、言語の種類を増やしたり、ジェンダー等にも配慮したうえで実現に向けて検討したいとのことでした。」(髙瀬先生)
予算の都合ですぐに実現は難しいですが、生徒が考えた案を評価してくださったそうです。
フィールドワークからヒントを得て地域の課題を見つけ出し、具体的なプランを提案し、フィードバックをもらうという探究のサイクルを回す好例をお聞きしました。
そうした上手くいく例もありますが、課題設定には苦労する場面もあるようです。
堤先生は「生徒たちの世界観というのは、教師が思っているよりも狭いと感じるときがあります。最初の段階では、自分で答えを決めてしまってから逆算して、答えにたどり着けるように問いを立てる子もいます。基本的には生徒の自由に任せているのですが、そういう場合は、少し指摘しながら軌道修正していく感じです」と話します。
教材を参考書として活用しながらオリジナルのワークシートも作成
問いを立てる段階で活用しているのが『一生使える探究のコツ 実践編』です。
掛川西高校では、実践編の内容をベースに、独自に作ったワークシートに基づいて指導しています。「問い立ての練習をするときに、ワークシートにとりあえず思いついたことをどんどん書いていきます。そこから、生徒自身が ①興味が持てる ②調べてもすぐには分からない ③追求する価値がある という3項目で整理し、自分が探究する問いを絞っていきます」(堤先生)
トモノカイの探究教材は、購入者向けに付録として教材内容に沿った「授業用スライドや生徒用のワークシートを用意しています。
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適宜改編しやすいように提供しているため、掛川西高校様のように独自のワークシートに作り替えて、各学校の授業体系に即した内容にカスタマイズすることが可能です。
神村先生も「問いを立てる練習をするときに教材があると手助けになる」と話します。「私は探究の担当になるのが初めてなのですが、生徒が問いを立てる段階から苦労しました。生徒によってやりたいことが違いますし、型があるわけでもない。問いを立てたとしても、それで果たして良いのかどうかの判断が難しくて、どう指示を出すべきか悩みました。担当する教員によって経験値が違うので、参考書代わりになる教材があるのはありがたかったです」
こうして立てた問いに基づいて、現状把握と問題の原因と思われる仮説を立てて、最終的に解決案を考えていくというのが一連の流れになっています。3学期には、成果発表としてポスターセッションを行います。
『一生使える探究のコツ実践編』について、髙瀬先生は「探究活動について改革を進めるにあたって、何かしらの指標となるような教科書的な存在を探す中で出会いました。『実践編は問いを立てる段階から論文作成まで通して使える内容になっているので、3年間探究の参考書として利用しています」と説明します。
堤先生も「テーマごとの具体例が掲載されているので、その点で役立っています。問いを立てる段階で、この教材がないと、生徒に具体例を提示するのがなかなか難しいかなと思います」と話します。
テーマも連携先も生徒自身が設定
2年生は、基本的にテーマ設定は自由。SDGsと関連づけながら、地域、国、世界の課題解決につながる活動を目指します。さらに3年生は2年生で探究した成果を基に個人論文を作成し、その後の進路探究につなげていくという流れになっています。
飲食店と共同で、地元掛川産の食材である芽キャベツと掛川牛を使ったメニューを開発したり、掛川の歴史探索ができるお散歩マップを作成したりなど、地元を盛り上げる活動も多彩です。保育所で男女間の偏見について紙芝居を作成して伝えたり、多様性の尊重をテーマとして絵本を作成したりするなどジェンダー問題に取り組んだグループや、食品ロスや環境問題、世界の教育の不平等問題をテーマに選んだグループもありました。
「企業と共同で商品開発して販売につながった例がありますが、生徒と企業さんの間だけで話がどんどん進んでいました。もちろん必要に応じて連絡することはありますが、基本は生徒主体で活動しています。先輩たちの例をたくさん見ているので、下の学年の生徒にとっては良い刺激になっているのかもしれないですね」(髙瀬先生)
こうした活動を経て、実施後の生徒アンケートでは「お茶の製造を行っている人の話を聞いて農業への関心が深まった」、「農業の分野を調べていたが、都市開発など社会と繋がることが多く、理解が深まった」など、ものの見方の広がり、進路選択の幅の拡大にもつながったようです。
探究活動を通して育む社会性
生徒たちの自由な活動を支える上でどのような工夫がなされているのでしょうか。髙瀬先生は「教員の異動もあるので、今までの活動をデータとして残すのはもちろん、指導用のマニュアルを作成しています」と話します。「マニュアルを見れば、全体の流れなどが分かるような形で作ってあるので、誰が担当になっても対応できるようになっています。編集自体も1人で作るのではなく、担当者が協力して作業をしています」
堤先生は「指示を出したり、プリントを作ったりするときは、生徒に方向性が分かりやすいようになるべくシンプルにすることを心がけています。複雑になるとそれだけで嫌になってしまいますから」と話します。
神村先生は「探究をメインで担当するのは初めての経験」とした上で、「探究をきっかけに生徒たちがなるべく社会と関わりを持つことができるようになってほしいと思いますし、非認知能力を身につけてほしいとも思っているので、そういう目線をなるべく生徒が持つように声かけをしています」と話していただきました。
掛川西高校の探究は、生徒たちにも着実に好影響を及ぼしています。髙瀬先生は他教科へのプラス影響についても話します。「生徒のアンケートでも、数学で問題を一つの解き方で解いたとき、ほかにも解き方があるかもしれないと、さまざま思考パターンで考えられるようになったという回答もありました。」とその効果を挙げます。
また、注力している外部との連携については、「探究でお世話になった外部の方からも、刺激になった、などお褒めの言葉をいただくことが多いです。もちろんお叱りを受けることもあるのですが、それも一つの勉強として、生徒にとっては大事な経験だと思います。探究を通して、学校の中だけではできない経験をすることで社会を知ってほしいと思います」とお話しいただきました。
まとめ
掛川西高校の探究活動は、生徒たちが自由にテーマを設定し、フィールドワーク先や連携先も自由に選ぶというユニークな試みです。1年生では、まず地元・掛川市の地域課題に取り組み、そこで得た経験を基に、2年生ではより広い視点で課題設定を行います。自分たちで見つけた課題を、自分たちで見つけた連携先とともに解決していくからこそ、大きな成果をあげるという結果につなげることができるのかもしれません。
社会の中でしか学べないこと、体験できないことを感じ取れるのは、まさに探究活動ならではの経験です。枠にとらわれず、生徒たちの自由な発想に任せるという掛川西高校の取り組みは、探究活動の好例として大いに参考になるものです。
<静岡県立掛川西高等学校様にご導入いただいている教材>
◆一生使える探究のコツ 実践編
>>>これまでの事例取材記事はこちらよりご覧いただけます!<<<
※掲載内容は取材時点(2024年3月)のものです
執筆:李香
企画/編集:牧野宏季(トモノカイ)